
あんどん書房
@andn
2025年12月9日
南光
中村加代子,
朱和之
読み終わった
台湾出身の写真家・南光こと鄧騰煇の生涯を描く。
大日本帝国統治下の台湾から法政大学に入学し、友人からお古のライカを買うというところが物語の冒頭。
当然当時のカメラはマニュアルなので、距離感とか露出をその場その場で判断しなければならない。そのために日常の中でひたすら物体や人物との距離を考え続け、無意識のクセになっていく…というカメラ初心者の努力がここまで描かれる小説はたぶん初めて読んだ。マニュアルで撮る練習とかをしてた頃を思い出して懐かしくなる。
時系列を行ったり来たりしつつ、鄧騰煇以外の視点も所々に挟まれてゆく。同じように日本で写真を学びながら、より芸術的側面や技法に価値を置いた彭瑞麟。海外の写真家がとらえる中国像に違和感を抱き、理想的なイメージを追求した郎静山…などなど、さまざまな立場の写真家によるモノローグが描かれる。中心にあるのは絵画主義/リアリズム/新興写真的な対立だけれど、それぞれにとっての写真論=人生観が物語の奥行きを出しているような気がした。
“時々考えた。自分が東京で勉強できているのは、家の財産に頼っているからであり、父の許可があってこそライカが買えるのだと。それでいて日本で見聞したすべてが、彼をどんどん故郷から引き離すのだった。”
(P174)
出自である客家の伝統的な価値観と、都会で身に付けた近代的価値観の対立。作中の鄧騰煇の人生には、このようなアイデンティティの分裂の経験が何度か登場する。台湾人でありながら、日本の総督府によって身分を保障された写真家であるという分裂。戦後の国民党政権の元での外省人と本省人の分裂(二二八事件)。
これらはそのまま台湾という国が経験してきたさまざまな分断の歴史でもある。そして自分はそういった歴史を一切知らなかった。
“中国撮影学会は政府の反共坑俄〔反共産主義、反ソ連〕文化政策に呼応して、明るく前向きで、純潔かつ崇高な作品を撮るように会員に求めた。反対に頽廃、ロマンチック、赤、黄〔ポルノ〕、黒〔堕落〕の作品は否定された。その定義の下では、写実的、郷土的、人びとの真の生活を反映したものはもちろん、社会の不公正を告発する作品なども否定の対象だった。”
(P316)
日本に都合の良いプロパガンダ的な写真を求められた戦時中から光復を経て自由になったかと思いきや、今度は反共の嵐の中で別の制約が……という状況。もちろんこの「中国」は中華民国のこと。
写真を撮るということについても色々と示唆的な記述が多く、考えさせられる。
“理屈からすれば、肖像写真はその個人を表すものだ。[…]だが彼は懐疑的だった。虚な目でこわばった表情をしたこんな写真が、本当に誰かを表し得るのだろうか。”
(P256)
これは作家としての写真と仕事としての写真の葛藤だと思うんだけれど、似たようなことは考えたことがあるなぁと思った。証明写真とか撮ってると考えるよな。
その辺の意識の問題をうまいこと折り合いをつけていたのが植田正治だと思う。
“写真とは、言わば撮影者の心象を映す鏡だ。だが心象を完璧に映した情景に出会えるかどうかは、運次第だ。それは往々にして電光石火のごとき一瞬で、百分の一秒の間にシャッターを切らなければ、過ぎ去ったきり二度とは戻らない。初心者でも一度か二度はその瞬間を捉えることができるかもしれない。しかしツバメが風雨を察知するように、あるいはナマズが地震を予知するように、神秘の瞬間が近づいていると直感し、鏡のように澄んだ心でそれを捉えることができるのは、しっかりと準備を整えた写真家だけだ。
つまるところ写真というのは、カメラで何を捉えたかではなく、何に心を捕らわれたかだという人がいるのは、そういう意味なのだ。”
(P348)
時代に翻弄されさまざまな写真を撮ってきた主人公が最終的にこういった真理に至るところは読み応えがある。写真を作品として発表することから、より純粋に撮ること自体へとフォーカスしていく。
一応補足すると南光自身は写真以外に文章などはほとんど残していないようなので、こういう写真論とかは作家が南光の写真と向き合って導き出したものであるらしい。
本文書体:リュウミンオールド
装幀:佐野裕哉
装画:柳智之
写真:鄧南光(Te Nan-Kua)



