
レイカ
@yukari125
2026年1月8日
一人称単数
村上春樹
読み終わった
◆勝っても、負けても
元旦はニューイヤー駅伝、2日と3日は箱根駅伝。
お正月、X(旧Twitter)のアプリを開くと、襷をかけて懸命に走る選手の姿を沿道から撮影した写真や動画が次々と流れてきた。
あの選手に応援の一言を伝えたい。
沿道には来ていない人と、現場の興奮を分かち合いたい
一つ一つの投稿には、そんな思いが乗っている。
応援している人も一生懸命だ。
熱い声援を送った選手・チームが勝ったら、喜びで胸いっぱい。負けたら、ガックリ肩を落とすことになる。選手やチームへの期待が大きいほど、大事な試合で負けると、応援している人も感情が大きく揺さぶられるものだろう。
プロ野球のヤクルトスワローズのファンとして知られている作家の村上春樹さんは、「スワローズ詩集」という作品で、試合を観戦する時の姿勢、勝ち負けの受けとめ方について書いている。
「もちろん負けるよりは勝っていた方がずっといい。当たり前の話だ。でも試合の勝ち負けによって、時間の価値や重みが違ってくるわけではない。時間はあくまで同じ時間だ。一分は一分であり、一時間は一時間だ。(中略)時間とうまく折り合いをつけ、できるだけ素敵な記憶をあとに残すこと――それが何より重要になる」
そして、さらに、次のように締めくくっている。
「そろそろ今夜の試合が始まろうとしている。さあ、チームが勝つことを祈ろうではないか。そしてそれと同時に(密かに)、敗れることに備えようではないか」
私は、この最後の一文、「敗れることに備えようではないか」が好きだ。
熱心に応援するファンにとって、敗戦は受け入れがたい。敗戦したら生じるであろう気持ちの揺れを自覚しているからこそ、著者は「備えよう」と言っているのではないか。
応援している選手やチームが試合に勝っても負けても、観戦の時間を「素敵な時間」にできるか否かは、観る人の受けとめ方に掛かっているかもしれない。
「負けたけど、あのプレーは良かった」「選手同志の声かけのタイミングが適切だった」「試合内容は散々だったが、会場で飲んだビールは美味かった」「帰り道の夜空の星がすごく綺麗だった」などなど。
「素敵な時間」だと思える何かを見つけられるように、見る目を養っていきたい。
