
amy
@note_1581
2026年1月12日
月と六ペンス
サマセット・モーム,
William Somerset Maugham,
金原瑞人
読み終わった
感想
サマセット・モームの『月と六ペンス』、もうすこぶるおもしろかった。名作ってすげえ……。
私はもともとエンターテインメントを含めた芸術全般を愛しており、文学や美術を通じて心を震わせる作品に出会ったときこそ、自分が生きていることを最も強く実感する。
日々、素晴らしい作品を生み出してくれる作家たちには頭が上がらないし、それらがこの世に存在することに心からの感謝を捧げている。
それゆえに、私自身もまた、作中で象徴される”六ペンス”的な価値観にさほど重きを置いていないところがある。
しかし、本作を読んで突きつけられたのは芸術という”月”にすべてを振り切ることの凄絶な代償である。
生活という”六ペンス”の領域を完全に切り捨てれば、そこには必ず歪みが生じる。
現代社会において、その歪みから完全に逃れることは極めて困難であり、誰かがそのこぼれ落ちた役割を肩代わりすることになる。
ストリックランドの周囲で傷ついた人々を思うとき、その罪深さをざりざりと歯を削りながら、噛み締めざるを得ない。
それでもなお、私は自分の心を震わせる作品を求めずにはいられない。
私にはストリックランドのような創造の才能はないが、芸術を求め、渇望してしまうという”業”を背負っているのだと感じる。
特に作中のストルーヴェが語った「美を理解するには、芸術家と同じように魂を傷つけ、世界の混沌をみつめなくてはならない。たとえるなら、美とは芸術家が鑑賞者たちに聴かせる歌のようなものだ。その歌を心で聴くには、知識と感受性と想像力がなくてはならない」という言葉が、鋭く胸に刺さる。
もちろん、芸術は気軽に楽しんでいい。しかし、もし単なる「綺麗」とか「美しい」という感動を超えて、その真髄を理解したいと願うのであれば、私たちはもっと能動的にならなければならない。
芸術家がこの世界をどのように眼差し、それをどう作品に落とし込んだのか。
それを咀嚼するためには鑑賞者である私たちもまた、自らの魂を傷つける覚悟が必要なのだと思う。
作り手が作品に込めたメッセージが届かないというのは、自らの魂を傷つけることを避けているからではないか。
魂が傷ついた瞬間に走る、あのヒリヒリとした、それでいて心地よい感覚。それを知ってしまった以上、私はもう二度と、芸術のない「六ペンス」だけの世界には戻れないのだと確信している。
