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@note_1581
悲しみなら忘れられるけど 愛はなかなか消えやしないよ 2025.03.05〜
  • 2026年4月5日
    私の戦後80年,そしてこれからのために
    ”一九四五年以前生まれが総人口の約一二%となった二〇二五年は、第二次大戦で時代を分ける意識が共有され、“生身の戦後”として語り得る最後の節目である。戦争体験者の声、そしてそれぞれの世代が自らの生の時間との重なり合い、さらに未来への思いを寄せた、四〇名余によるアンソロジー。” 戦後80年の区切りに今こそ戦争体験者の声や、戦後を生きる様々な職業、立場の人の声を集めてアンソロジー作ろうぜをやるのが我々の岩波書店である。 戦争当時、子どもだった人もいればまだ20代や30代の人もいる。 職業も様々で当時総理大臣だった石破茂、ジャーナリストの安田菜津紀、長崎出身の俳優・松重豊などなど。あらゆる分野の人からの戦争と今、そしてこれからに対する思いを読むことができる。 私がフィクションが好きだから、ということもあるがやはり映画監督の塚本晋也、アニメ脚本家の辻真先あたりの言葉は重い。塚本晋也は『戦争をするかどうかは、権力を持つ人が決めますが、戦場に行くのはぼくたち一般人です』だからこそ一般人目線で見られるように映画『野火』を作成したとのことだった。創作物のいいところは”いいトラウマ”を経験することができることだと言い切り、かつて自分が『はだしのゲン』で経験した、こんなことは回避しなくてならないと強く思えるような”いいトラウマ”を経験できるような映画を作っていきたいと言っているし、彼の志はフィクションを信じているからこそであり、映画を作るものとしてのプライドだろうと思う。 アニメ脚本家の辻真先は1932年生まれだ。大人たちが戦争はいいものだと言っている様子を見てきて、反戦という言葉で戦争に反対するよりも戦争を嫌っている人を増やしてつながっていく必要があるのではないかと提言している。この考えには一理あるとも思った。たしかに戦争が嫌だというのは戦争に反対とは厳密には違う。厭戦、嫌戦のほうが近い。当時の世間の空気感を知っているからこそ、反対よりも忌避する姿勢でつながって、それを大きくしていくことのほうが有効だという考えに至ったのかもしれない。 個人的に一番痺れたのは漫画家の山岸凉子だった。1947年生まれで女性の漫画家として生きてきた彼女が、どう社会を見つめながら、漫画を描き続けてきたのか。女性への差別や、日本の戦争に対するアジアへの贖罪の意識の薄さ、AIの誕生。それぞれを地続きに考え、クリエイターとして彼女が持つプライドを書いてくれていて、正直彼女の文章だけでもこの本を読んでよかったと思う あまり話題にはなっていないようだったけど、世界がさらに悪くなっていくなかで、その様子にくじけそうになっている人には勇気を与える本だと思う
  • 2026年4月5日
    男らしさの終焉
    男らしさの終焉
    武田砂鉄さんの「マチズモを削り取れ」で触れられていたので読んでみた 著者は異性装者であり、アーティストの男性であるグレイソン・ペリー。暴力的な継父など周囲の男性たちやジェンダーの縛りのせいで苦しんだ経験をもつ彼は、男性の最大の敵は、男性自身だと指摘している。 本書では主に男性性が支配する4つの分野について言及している。権力(男性が世界を支配する様子)、パフォーマンス(男性の服装と振る舞い)、暴力(男性が犯罪や暴力に手を出す様子)、感情(男性の感情)。 それぞれの分野で男性がどう支配し、その結果どのように自縄自縛に陥っているのかを明快な文章で描かれている。 男性性の被害者は女性だけではない。男性自身もまたジェンダーを演じることに駆り立てられている犠牲者であると著者は主張している。 著者は、人種、階級、性別、セクシュアリティ、経済学、人類学、社会学、および心理学など、さまざまな分野を横断しながら、冷静かつユーモアを交えて分析をしておりは本書の最後に、男性向けの未来のマニフェストを提示していた。 男性は傷ついていい権利、弱くなる権利、間違える権利、直感で動く権利、わからないと言える権利、気まぐれでいい権利、柔軟でいる権利、そしてこれらを恥ずかしがらない権利がある。これらの権利を行使していって、社会で規範とされている男性像、男らしさの固定観念から自由になることを目指そうという応援が含まれた1冊
  • 2026年3月28日
    女の国会
    女の国会
    こういうのが読みたかった~の本 「あの本、読みました?」で取り上げられていて絶対におもしろいだろうなと思ったら本当におもしろかった。 私は日頃から”池井戸潤作品の登場人物が男女逆転した奴が読みたい”と考えていた。女性が企業のなかや政治の場で権力争いや派閥争いをするのが見たい。女vs女で人脈や策略でのし上がるところが見たい。そのなかで立てる義理やあふれる人情が見たい。 そんなときに知った『女の国会』 「女にうまれてごめんなさい」 そんな遺書を残し自殺した国会のマドンナこと”お嬢”。敵対する第一野党の”憤慨おばさん”こと高月が死の真相を探り始めるポリティカルミステリである。 政治の場で女が働くとはどういうことかを微細に描いていて、読みながら怒りにえ、心が削られた。 日本で女性が政治家になるのは新品のドクターマーチンで整備されていない山道を歩くようなものだ。 そんななかで終盤の選挙の場面は胸が熱くなる展開だった。 最後の結末の持っていきかたには批判もあると思う。 ただ私は『教皇選挙』がそうだったように見る側の偏見や規範に爪を食い込ませて、それをばりばりと剥がすようなものだったと考えているし、悲しいかな現時点での日本の政界のことを考えるともっともっと閉塞的だろう。 問題提起でもあり、エンパワメントでもあり、エンタメとして、ミステリとしてもとてもおもしろい本だった。 実写化するなら吉田恵里香脚本でNetflixで1時間×8話でやってください。読んだ人は私と実写化妄想しましょう。
  • 2026年3月28日
    なぜ日本文学は英米で人気があるのか
    柚木麻子さんの『Butter』、王谷晶さんの『ババヤガの夜』でダガー賞の翻訳部門にノミネート、のち王谷さんが受賞となったあたりから翻訳系の出版関係の人たちが日本のおもに女性作家がよく読まれているというのを聞いて「なんで!?」と思っていたらまんまのタイトルの本が出版された 読んでいくと日本の小説が翻訳、出版される歴史やきっかけとなった要因などが細かに解説される それにあたり翻訳されている小説が挙げられるのだが「この作品も?」というものがたくさんあり、片っ端から読みたくなってくるからだめだ 本に関する本というのはたいてい読みたい本が増えて、どうしよう…となる、いつものこと。 そのなかで英語圏とそのほかの言語のパワー関係なども解説されており、日本で海外の翻訳小説をよく見るけどそれはこういうことかあと翻訳文化の土壌を認識したりとその点も興味深かった 鴻巣さんが翻訳とは批評と言っていたことも、そのテクストと内容を読み、原典の文化と翻訳する側の文化を照らし合わせて、最適な言葉でつづる。そういう行為はたしかに批評だ。 また謝辞の部分でこの情勢の中で翻訳文学を読むということは排外主義への抗いだという鴻巣さんの言葉がとても心強く、またブームであることに希望が持てた
  • 2026年3月23日
    友達じゃないかもしれない
    友達じゃないかもしれない
    ぐおー、おもしろかった 女と女のさざめく感情のやりとりが見られるのって松浦理英子の小説が一番だと思っていたけど、こんな往復書簡で読ませてもらった 自分の価値観や感情を文章にすることに長けている人たちの思考キャッチボールおもしろすぎる 「欲望を優先して他人を尊重するのをおろそかにしがちな人間」と出てきて、わ~!私だ~!と思った。ぶっちゃけていうと私はひらりさ氏のことが嫌いで、視点がおもしろくて文章も素敵でカルチャーに詳しいなんて絶対に好きなはずなのになんで嫌いでだろうなと思ったんだけどたぶん同族嫌悪なんだろうな… この二人のやりとりやそこに流れる温度感、わからない人は絶対にわからないだろうし、わかる人はじくじくと沁みるぐらいわかると思う
  • 2026年3月23日
    恋愛制度、束縛の2500年史
    恋愛というものがどう生まれ、どう世界で扱われてきたか 恋愛という概念が日本に入ってきて今に至るまでどう変化してきたか 内容というかテーマはとても興味深くておもしろかったんだけど、恋愛を歌った歌詞を取り上げておいてそれが女性歌手ばかりなのはどうなん?という気持ちになった だったら男性歌手の歌ものせんかい!それにその歌詞の取り上げ方とか指摘も、なんというかズレてるなーという印象なので、批評したいならもうちょっとちゃんとやってください
  • 2026年3月23日
    日本人の「男らしさ」 -サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う-
    日本人の「男らしさ」 -サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う-
    海外の研究者が日本人男性の男性性を研究した本 やや専門的な言葉も多くて、文字がびっしりだったがおもしろかった~ オタクの男性性を論じた箇所では『電車男』を取り上げていたけれど、それだとやや古さがあるので現在のオタクを論じたものが読みたい いろいろと変わってきている部分もあると思うし 日本の男性、どの時代でもいろんな意味での潔さが求められていることがわかり、それは同時に自分の感情をすっぱりと切り分けることであり、とてもマッチョなことなんだよなーと思うのであった
  • 2026年3月9日
    フロムに学ぶ 「愛する」ための心理学 (NHK出版新書)
    エーリッヒ・フロムの「愛するということ」のガイド本とのこと フロムのほうを読む前に下地をつけておこうと思って読んでみたが、現代に読むにしてはあまりにも書いてあることの前提が古すぎる ジェンダーロールに対して無批判に書かれており、残念ながらまるで参考にならなかった 母親(女性)に子どもに対してこうしなければならないと書かれてあることが多すぎるし、男性優位社会ということをまるっと無視しているため、的外れだなあと思う箇所も多かった そんなに前に出版されたものかと思いきや2019年出版だったのでびっくりしたが、心理学や哲学の分野も長らく男性のものだったからなと残念な気持ちになった フロムの「愛するということ」に興味があったのだが、こういう内容をさらに濃くしたものであれば読む気も失せる ジェンダーの関連から批判的な視座を含めつつ「愛するということ」を説いた本はないのだろうか
  • 2026年3月7日
    ゆっくり歩く
    ゆっくり歩く
    気になっていた小川公代さんのエッセイ。 母親の介護や生活のなかで新たに得た視点、感覚、体感を借しむことなく開陳してくれており、内容としてはかなり重厚なのだが小川さんの社会や他者へのまなざしにぬくもりがあるためか、読みながらも苦しくはならない。ちょっと渋みはあるが、やわらかい口当たりのあたたかい台湾茶を飲んでいるようだった。 小川さんの著書を読むたびに驚くのが(とはいえまだ何冊かしか読めていない)、知識のレンジの広さである。 ロマン主義文学や医学史が専門とはいえ、宮沢賢治や心理学、どこからでも作品や知識を引っぱってきて、自身の体感と絡めているのはすごい。 「ネガティブ・ケイパビリティ」や「ケアの倫理」という概念を知ったのは小川さんの著書からであった。 著書の一覧から見れば、小川さんがいかに精神的に活動をしてきたのかがわかるし、その功績は素晴らしいものだと思う。共著などを含めると何冊書いてるんだ…?と思う 小川さん自身も本書のなかで横臥者への寄り添いが足りなかったと書いているが、これだけのタフさゆえに寄り添いの想像と行動がうまくハマらなかったということもあるだろう、逆にそのタフさがあったからこそ.母の生活にともに歩みながらも、あれだけの活動ができるのだろうと思う。 第八章『ゆっくり歩く』でも書いていたが、人間、一人で生きることは困難である。 個人的には行政の制度は家族の最小単位を個人にすべきだと考えているし、それに伴い福祉もそれに準じたかたちにすべきだとは思うが、だとしてもあらゆる場面で、あらゆる意味において、真に人間が一人で生きることは難しい。身体的にも精神的にも。 だからこそ他者の尊厳を踏みにじらない程度、互いに支え合うような社会設計を進める必要があると思うし、ケアについてあらゆる文学作品や歴史から考え抜いてきた小川さんの結論は、尊厳とケアをし合うことの両立のヒントになるのではないかと思う。 余談だけれど著者近影で松葉杖を持ってピースする小川さんにふふっとなった。
  • 2026年3月7日
    性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うなかれ
    読みすすめている最中にエプスタインやマンガワンのことがあり、しんどくて読むのを中断していた。 性暴力被害者のにのみやさんと性暴力の加害者の人たちの手紙のやりとりを収録しつつ、被害者は被害を受けたあと、どんな生活を送るのか、なぜ加害者は加害をしたのか。 様々なアディクション臨床に携わる斎藤章住氏が記録し、探っていく。 加害者が他者をモノ化して加害するのは、性欲ではない、支配欲だけでもなく、承認欲求が関わっているのではないか、また承認欲求がゆがんでしまうのは社会から(親や身近な人たちから)男という役割を押しつけられ、押し込められるからではないか。 女性から拒絶(受け入れてもらえず、承認されない)されると、より弱い存在でああるこどもへその承認欲求が向かい、子どもなら受け入れてもらえるとゆがんだ認知をしてしまうためではないかと書かれていた この社会で最も弱い存在である子どもへ加害してしまうほど、自身の欲求や認知をゆがませてしまう、そう差し向ける社会なんてもう終わりにしないか?と言いたくなる 「おわりに」でにのみやさんの書いていた言葉がまさにそうで、なぜ加害者と対話をするのかと聞かれてたにのみやさんが”怒りや憎しみを連鎖させてはならない”と言っているのを見て、私もそういう気持ちがあることに気づいた 私が男性学の本や差別する側、抑圧を仕向ける側のことを知りたいと思うのはにのみやさんと同じく、ここで断ち切りたいと願っているからだと気づいた 問題を提起する本やエンタメはそれなりに作られている。エンパワメントを促すものも。 じゃあ加害する側、抑圧する側がどうすればいいのか、自身の何に向き合えばいいのかとう取り組みは少ないように思えるし、またそれについて書かれたり、作られたりしたものも少ないように感じる 私はこういう本やフィクションがもっと作られてほしいと思う またこの本には性暴力の加害者の言葉がかなり出てくる。「はじめに」のところでトリガーワーニングも明記されているが、読む際には充分自身の心身のことを鑑みて読み進めてほしい
  • 2026年3月7日
    さえづちの眼(6)
    澤村伊智再読、短編集だけどどの話も読み応えがある。 表題作がやっぱり一番好きだな。 表題作、大きな古いお屋敷が出てくるのでなんかさらに小野不由美作品の雰囲気に近しさを感じた。 ミステリ調がうまいから事の真相をはこう、と見せかけて鮮やかににひっくり返されるのがめっちゃいい読書体験だった やっぱり比嘉琴子さんが活躍する話はわくわくするし、映画化の監督は最悪なんだけどキャスティングだけは素晴らしかったので比嘉琴子 a.k.a. 松たか子で映像化される
  • 2026年2月23日
    マチズモを削り取れ
    良い本だとは思うのだが、私にはちょっとタイミングが遅かったかなと思う 武田氏の担当編集者が疑問や怒りを投げかけるかたちで章がたてられ、世に蔓延るマチズモについて述べていく1冊 たぶんフェミニズムやマチズモ批判の入口の人にはよい本だと思う。やっぱりこれっておかしいよな?なんでこんなことがまかり通っているんだ?という社会への溜飲を下げるような本ではあるのだが、いかんせんこのマチズモを主導している人たち(主に男性)へのアプローチがほぼ書かれていないため、こっからどうすればいいんだよとなるので、基本的なフェミニズムやマチズモ批判の考えや知識をすでに持っている人には物足りないかもしれん 入門や入口としてはわかりやすく、おもしろく読めていい。北大路魯山人が女が一人で寿司を食べるなぞよろしくないと言っていたことがわかり、こんにゃろー!うるせー!一人で寿司ぐらいくったるわ!となった
  • 2026年2月22日
    新訳 ドリアン・グレイの肖像
    新訳 ドリアン・グレイの肖像
    現代に響く「美」と「秘匿」の呪い オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を読み終えた。まず心に残ったのは主人公ドリアンが世間の規範を脱ぎ捨て、自らの美学と快楽に忠実に生きる姿に見出した「清々しさ」だった。他者の視線や道徳に縛られず、己の欲求を最優先するその生き方はある種の解放感に満ちている。しかし、その清々しさの裏側には、ヘンリー卿という甘美な言葉を操る大人によってかけられた「若さと美への執着」という重い呪いが横たわっていた。 ドリアンが堕落の道を突き進めたのは自分の罪をすべて引き受けてくれる「肖像画」という身代わりがいたからに他ならない。もし肖像画がなければ彼はここまで大胆にはなれなかっただろう。しかし同時に、たとえ肖像画がなくても、老いや醜さを恐れる彼は今の社会でも見られるような「自暴自棄な生き方」を選んでいたかもしれないとも感じる。 現代を生きる私たちもまた、ドリアンと地続きの場所にいる。彼が恐れたのは「自己の劣化」そのものだったけれども現代社会においては「他者と比較だ。もしくは「他者から見て若いか、美しいか」という方向に呪いの形が変わっただけではないだろうか。 エイジズムやルッキズムという言葉で語られる今の社会の閉塞感は、ドリアンを狂わせた呪いと本質的な強さにおいて何ら変わりはないように思える。 また、ドリアンが肖像画を屋根裏に隠してまで必死に秘匿しようとしたその異様なまでの執着は、当時の同性愛者たちが置かれていた”クローゼット”として生きることの過酷さを物語っている。彼にとっての肖像画は社会から決して許されない「真の自己」の象徴でもある。自分の快楽を優先したいという個人的な欲望と、それが社会的に「罪」とされてしまう構造。その板挟みのなかで罪悪感に削られながら証拠(肖像画)を消し去ろうとした彼の最期は単なる自業自得ではなく、時代が生んだ悲劇としての側面も持っている。 ドリアンほどの度胸も肖像画という魔法の鏡も持たない私ではあるが、自分の中にある快楽への渇望や、老いへの微かな恐怖を突きつけられた気がする。この物語は19世紀末の退廃的な幻想譚でありながら、今なお「美」という呪いに揺さぶられる私たちへの鋭い鏡として存在し続けている。
  • 2026年2月14日
    ばくうどの悪夢(8)
    澤村伊智再読期間はまだ続く。 読んでいる最中に新潮社と契約やめたニュースが流れてきてびびる。 澤村伊智は本当にネットの冷笑露悪に染まり、その場所から動いたり他者のことを考えないオタクが嫌いだし、安易に地方=因習と結びつけるような同業者のこともすごい嫌いなんだな⋯!と思う 作中でも明確に批判対象として描いているし。やはりホラー作家としてそのあたりに安心できるかは大きい 澤村伊智の作品のなかではめずらしくスプラッタっぽい業者もあるけど、これもまた澤村伊智はスプラッタが書けないと言われたからだそうな⋯。 だとしても相変わらずのおもしろさだし、作中の強キャラが負傷したときのあの不安感と小説だからこそできるしかけがとてもおもしろかった。この人の作品いつもおもしろいな⋯
  • 2026年2月14日
    すごい短歌部
    すごい短歌部
    短歌を知りたくて短歌の本を読む 木下龍也が投稿された短歌を詠みながら、自分もそのお題にそって短歌を作り、その作る過程を解説するという本 お題の解釈が木下さんも含め投稿者でいろいろでおもしろかったし、自分にはない景色や趣を見出す作品はかなり痛くて気持ちいい感覚
  • 2026年2月11日
    むらさきのスカートの女 (朝日文庫)
    ずっと読みたいな~と頭の片隅で考えていたけど読めてなかったやつ 芥川賞受賞。いや、もうどんどん怖くなってきて、読むのが止まらなかった。怖くて怖くて、早く読み切ってしまいたい!みたいな感じだった。初めての感覚である。 一人称の小説って書き方ひとつでこんなにも読み手の感情をあちらこちらに揺さぶることができるのすごいよなあ。いや今村さんの手腕によるのが一番大きいんですけど。 最初の数ページはこんなに特定の人間のことをじろじろ観察して、見下しながらもそれを続けているの性格悪いなーと思ったんだけど、いや、そんな性格悪いとかじゃない。そんなんじゃない。 小説のジャンルとしてはホラーではないと思う。ホラーではないのだけど、怖い。 人間の視野や語りがどれだけ信用ならないのか、事実を覆い隠してしまうのかという点において非常に恐ろしい作品だった。 ミスドでロイヤルミルクティーをおかわりしながらゆっくり読むかーと思ったら全然そんな余裕なかった。本の世界感に引きずり込まれる。引力がすごい。 小野不由美の『残穢』が家にあることは何も怖くないけど、今村夏子の『むらさきのスカートの女』が家にあるのは怖いです!!!!
  • 2026年2月11日
    恋愛ってなんだろう?
    通っている図書館の企画選書にあったから読んでみた 中学生の質問箱シリーズというものでほかにもいろんなテーマがあるけど、架空の中学生の疑問に答えるかたちで離婚研究をしている著者がそもそも恋愛とは、結婚とはを紐解く本 同性婚ができないことやポリアモリーのこと、婚姻制度やアセクシャル、アロマンティックのことなども平易な言葉で解説しているので、興味があるけど何から読めばいいのかという人やそれこそ中高生にもおすすめできる本
  • 2026年2月8日
    機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(下) 機動戦士ガンダム閃光のハサウェイ (角川スニーカー文庫)
    閃光のハサウェイ読んだ いや~~~、なんというか大人世代の因果というかそれに巻き込まれる若い世代というのがいて、そこからさらに諍いは続いてしまうというのがあり、被害者が加害者になってしまい連鎖してしまうということはこと戦争においてはよくある そしてまあ富野由悠季だからというのもあるんだけど、人間の心理や行動原理が矛盾していたりしてその危なっかしさがまさに人間だよなあと思うし、そんな人間が作るシステムなんぞ不全で当然でだからこそコミュニケーションというか対話をしていかねば、コンフリクトが大きくなったときに極端な行動をする人たちが出てきて、さらに災禍が起こってしまうというのは、あるよなあ⋯ とりあえずキルケーの魔女観に行く
  • 2026年2月8日
    閃光のハサウェイ(中) 機動戦士ガンダム
  • 2026年2月8日
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