

amy
@note_1581
悲しみなら忘れられるけど 愛はなかなか消えやしないよ
2025.03.05〜
- 2026年8月23日
読み終わった感想私にとって公共の場で読めない作家が二人いる。 朝井リョウと三浦しをんである。 この二人が作家として世の中に送り出してきた著作はいずれもしずばらしい。人間の営みのなかにある愚かさも尊さも描いていて、ファンである人は多いことは想像に難くない。 しかし、エッセイは違う。いや、広義の意味では違わない。二人のエッセイも小説作品と同じくとてもおもしろい。本当に、マジでおもしろい。おもしろすぎて普通に声出して笑ってしまう。 私はわりとゲラなので笑ってしまうハードルが小学1年生がやるゴム飛びくらい低いのだが(ゴム飛びっておもしろいよね、小さいころめっちゃやってた)、それを差し引いたとしても日常においての目の付け所も語り口もシュールで一癖も二癖もある。 おもしろいという言葉の意味が笑いのツボをついてくるという意味でおもしろいのである。 このたび読んだ三浦しをんのエッセイ『好きになってしまいました』は日常的なエッセイでありながら、著者の「うつくしいもの」や旅の様子などが収められている。 どうやってもポインセチアを枯らしてしまうため、お風呂場をその子の居住地にしただとか、ベランダのいちごを狙いにくるナメクジや鳥や虫との攻防戦。時折挟まる友人や家族との軽妙なやりとり。 ありきたりではないうつくしいものに、うつくしいとはいったい何なのか、と考えたくなるし、懸命だったり、怠惰だったりしながらも日々の生活をする様子がおかしい。 親しみの持てる内容から、旅行記のなかで山形の即身仏を見た際の長編エッセイは読みごたえ抜群だった。これJR東日本のサイトにのせたほうがいいんじゃないか。山形県の観光課の皆さん見て(読んで)ますか? めずらしいものを見ると、とりあえず手に持っている薄い電子板でパシャリとやりたくなる現代の病を持っているものとして、即身仏エッセイにはちゃんと赴いた場所へ敬意を払うことの重要さを再認識させられた。 あとがきまでずっと笑っており、こんなおもしろエッセイだから出かけるときも携えて、公共交通機関で読んだりもしていたが、おもしろすぎてマスクの下でずっと下唇の内側を噛んでいた。マスクを常につけていても変な人間扱いされなくてよかった。 今後おもしろい本やおすすめ本を聞かれたら、ミステリとかSFとか明確な方向性を希望されない限りは三浦しをんと朝井リョウのエッセイをとりあえずすすめてみることにする。 - 2026年8月14日
咲良は上手に説明したい!滝沢志郎ジェンダーフェミニズム読み終わった感想生理用ナプキンを着用してみた男性作家こと滝沢さんの新刊。 これまで滝沢さんの著作は何冊か読んでおり、歴史小説と生理時に着用するナプキンを作ることを組み合わせた『月花美人』など今まで歴史のなかで描かれてこなかった、女性の生活やその時代の困難さを照射した小説を書かれている方だと認識している。 その滝沢さんの「今一番、熱いお仕事小説誕生!」という触れ込みで話題の本書だったが、お仕事小説があまり好きじゃない私でもものすごくおもしろかった。 しかも女性バディものだし、その女性たちの仕事のライバルも女性なのである……。うれしい。 お仕事小説といえば代表的なのは池井戸潤だと思うが、あのあたりの作品になかったものがあった。 お仕事小説が苦手なのは、基本的に仕事が好きな人間しか出てこないからで、その脇に追いやられる生活部分が薄いからなのだけれど、この小説はテクニカルライターという職業を起点にしつつ、ベビーカー、AED、トイドローンなど生活のなかに組み込まれたいろんな属性の人たちが出てくる。 テクニカルライターとは「電化製品・精密機器などの取扱説明書を作成する職業」のことである。 物の使い方をどう伝えるかということは使う側の動線を体感に即したかたちで想像する必要があるし、それがベビーカーなら子どもを連れているとき、AEDなら倒れた人が目の前にいるとき、トイドローンなら子どもが使うとき。 それぞれ使う人の属性や使うときの精神の状態など、あらゆることを想定して、どんな状況でもわかるようにしなければならない。 お仕事小説は基本的にその職場の人たちしか出てこないけれど、この小説はお仕事小説でありながらお仕事以外の側面、仕事ではない、とされるようなところ模とらえている。 AEDを使うとき、倒れた人が女性であったとき、男性がAEDを使うとなったら躊躇してしまうのはなぜなのか、一分一秒を争う状況で、その躊躇を取り払うためには説明書に何を書いておけばいいのか。 テクニカルライターの仕事をしていくにあたり、社会のあちこちに横たわる問題があぶりだされて、それに主人公が気づいていく。 テクニカルライター未経験の主人公が世の中の見え方が仕事によって変わっていく様が鮮やかで、人物の変化を感じることができるのは小説の醍醐味だと思う。 最後のトイドローンのコンペの場面では主人公たちやトイドローンに込められた製作者の思いに泣けてしまった。空は楽しいものであるべきで、恐ろしいものであってはいけない。 何を隠そう滝沢さん自身がテクニカルライターとしてお仕事をされているので、文章が明快で読みやすく、情景の想像もしやすくてするする読めるものだった。 内容はけっこう硬派なのに、文章が軽くてすごい。次作も早く読みたい。 - 2026年8月14日
ASD読み終わった感想本書は、「自閉スペクトラム症の当事者はマンガ、小説、アニメ、映画、テレビドラマ、音楽などから“人の心”を理解しようとしているのではないか?」という仮説をもとに、コミュニケーションが苦手で共感能力が乏しいとされてきた、自閉スペクトラム症者7名へのインタビューをまとめた内容となっている。 仮説をもとに、さまざまな生い立ちを抱える当事者7人に、自身も当事者である著者が共感を込めてインタビュー。かれらが夢中になったマンガ、小説、アニメ、映画、テレビドラマ、ポップミュージックは、どのようなものだったのか。「当事者の生活史」と「昭和・平成・令和のサブカル変遷史」が見える一冊だ。 個人の生活史、なかでもカルチャー面をつまびらかにすることは、そのなかでなにに夢中になったか、またハマらなかったものはどんなものかを聞くことであり、それはつまりなにに心を打たれ、何が心に響かなかったかを読者に知らせる作業である。 インタビュイーの人たちは私よりも世代が上の人たちが多く、名前だけ知っている作品が多かったけれど、何がその人にとって魅力的だったのか、という点については自分も好きな作品に出会ったときと同じような思いを抱いたことも多かった。 この本のによかったところはインタビュイーを投げっぱなしにしないところである。 著者の横道氏も ASD かつ ADHD の当事者である。インタビューのなかで受け取った内容をマコト A とマコト B という2人を用意して、対話形式で横道氏自身にも通じること、通じないことを踏まえて深掘りしていくという、いわば交通整理をしながらも、スペクトラムという言葉が表すように人によっていろいろあるのだと知らせてくれる。 あなたはあなた、私は私、こういうすっきりとした割り切りというか他者と自分をセパレートにするという考えにするりと着地をしていく。 それが私にはとても心地よかった。 インタビューのなかで当事者たちがいかにいろいろなことを思い、考え、人の心を理解しようと実践しているかを見れば、ASD に「人の心がない」なんてとてもじゃないが言えないだろう。だからこそ横道氏は「心のない人」という一見ぎょっとするような言葉をタイトルに持ってきたのではないだろうか。 本書のなかでマコト A が言っていた「数が多いか少ないかで、正常か異常かが決まってくるからね。そのことはもっと議論されても良いよね。」という言葉がすべてで、結局、いまこの社会のなかで多いか少ないかで異常ではないと判断されている。 単なる数の多寡で異常だとか正常だとか何様かと思う。裏を返せば、いま異常である側の数が多い社会(正確にはそれがよしとされる社会)では、いま正常の側にいる人たちが異常になっていくということでもある。 時代や社会や産業構造によってころころと変わる尺度で、異常だとか正常だとかで他人を測ること自体があまり意味のないようなことだと思えてくる。 - 2026年8月11日
往復書簡 限界から始まる上野千鶴子,鈴木涼美ジェンダーフェミニズム読み終わった感想読み応えがあった。元AV女優という肩書を持つ作家の鈴木涼美さんと上野千鶴子氏との往復書簡本。 あるPodcastで男性の文筆家の方が女性同士の往復書簡の本を読んで、男同士でやったらここまでの深度のものになるか自信を持てないとまで言っていたことを思い出した。 選び取る言葉に容赦がなくて、ずっと切り合っててすごい。手練れたちのやりとりで、読み応えでいったら間違いなくあった。 ただ上野千鶴子氏の功績を差し引いても、セックスワーカーへの眼差しや主張にどうしても差別的なもの感じてしまったことと、それをぶつけられている鈴木さんに苦しさもあった。 上野千鶴子氏が鈴木さんに放った言葉が忘れられない。 ”ふしぎなのは、あなたが決して自尊感情の低くない、しかも性的価値を売り物にしなくてもほかに承認欲求のために利用可能な資源を持っている―アマルティア・セン流にいうなら「ケイパビリティ(潜在能力)」の高い―女性でありながら、風俗や援交に参入する女性たちと同じ行動をしたことです。” いったい何を言ってるんだと思う。性的価値を売り物にする女性は自尊心が低いのか、潜在能力が低いのか?すごく偏見や差別的な視線を含んだ言葉ではないか。 彼女の功績を知っているからこそ、とても残念だと思う。 何かしら過去の思想などを語るときに即座にそれを提唱した学者が学説が出てくることや幅広い文化に精通しているのはさすがだった。だからこそただ残念に思う。 全体的に上野千鶴子氏が教えを説き、それに鈴木さんが応えるというような形式に見えてしまったので、今ならもっと対等な感じになるだろうかと気になる。 - 2026年8月1日
マリリン・トールド・ミー山内マリコジェンダーフェミニズム読み終わった感想うう~、いい小説だった。ずっと泣きそうになりながら読んでいた。 コロナ禍で大学生になった女の子のもとにある夜、あの「マリリン・モンロー」から電話がかかってくる。 最初は戸惑いながらも、少しずつマリリンとのおしゃべりを楽しめるようになる主人公と、イメージとは違う、静かで少し茶目っ気のあるモンローとのやわらかなやりとりがとてもよかったし、ずっと男によって作られたイメージ、男によって語られてきたマリリンが本当はどんな女声だったのか、生きていたらどんな俳優になって、どんな生き方をしていたのか。 もしかして彼女こそがフェミニズムの先駆者なのではないか。ずっと口を塞がれてきたマリリン・モンローに主人公が懸命に手を伸ばして、現代にも存在する女性差別に気づいていく話はあたたかさと甘さがあると同時に爽快で、あまりこういう読み味になる小説はなかった気がする。 マリリン・モンローのイメージがどれだけ彼女の実在からかけ離れていたのか、彼女が受けた屈辱を想像し、掘り返し、もっとあなたのことを教えて、私に伝えてという感情が行間からにじみ出る。『マリリン・トールド・ミー』。 同じように男に口を塞がれ、勝手なイメージを流布された女性はマリリンだけではない。今語られている彼女たちの姿は誰か物語ってきたのか。何が伝わり、何が伝わっていないのか。彼女たちの周囲にいた女性はどんな関係を築いていたのか。 問い直し、語り直されてほしい女性たちがいっぱいいる。 - 2026年8月1日
階級と「私たち」のゆくえ河野真太郎読み終わった感想排外主義連帯階級話題の(?)河野真太郎さんの新著。やっと読んだ。 いや~おもしろかった。やっぱりいまの社会の情勢を「階級」を抜きにして語るのは無理があるし、そこを抜きにしたままで連帯はできない。 それは生きることと密接に結びついていて、逃れることはできないから。 そしてこれはマジで個人的なものなのだが河野真太郎さんの著書はいつもテーマが興味深くて、今までも何冊か読んだけど難しくて眉間にしわを出現させながら読んでいたんだけど、今回はもともとがWeb連載だったということもあってか、すごく読みやすかった。 著作内で取り上げられていた映画もおもしろそうで、いくつか配信サービスで見られそうだったのでマイリストに追加しておいた。 イギリスにおいて排外主義者が労働者階級というイメージで語られがちだけれど、かつて労働者階級はコミュニティとしての機能も有しており、むしろ連帯していた歴史からなるというのは知らなかった。 日本の作品だと『あのこは貴族』と『プリテンド・ファーザー』を取り上げていて、そのどちらも私は知っていたこともあり、そこに描かれていた横たわる階級を横断するように連帯する内容はイメージがつきやすかったし、河野氏が提言した共通のなかの差異と差異のなかの共通こそが階級によって分断されがちな我々が連帯するための重要なポイントであるということは納得したし、やっぱり私はこの社会情勢のなかで連帯を諦めたくはない - 2026年8月1日
終わりの感覚ジュリアン・バーンズ読み終わった感想波風を立てないということは誰に対しても距離感が一定で、踏み込まない踏み込ませないということなんだよな。 それを自覚していないし、何ならジェントルな振る舞いで自分はちゃんとしているんだという自己認識のずれた主人公のズレが後半にいくにつれてどんどん出てきてすごくて最後のほうは「おうわ~」って声出た。 信頼できない語り手ってやつなんだけど、どんな事象もそれを語る人によって歪められるし、こぼれ落ちるものがある。じゃあ何が真実なのか。真実とそれぞれの立場から見えた事象の差異を丁寧に探っていくしかない。 真実はいつもひとつ、なんて有名なミステリ漫画の主人公がいうけれど真実なんて人によって簡単に変わるんだよな - 2026年8月1日
夢を与える綿矢りさ読み終わった感想 - 2026年7月25日
「右翼」の戦後史安田浩一読み終わった感想おもしろかった。少なくとも本来の右翼は筋は通っていた。私がその主義や主張に同意できなくともどういった機序でその主義主張に至ったか、何のためにその主義主張を掲げているかは理解できる。 だが昨今の右翼的な風潮やそれを加速させるネトウヨ的なふるまいは何も一貫性がなく、理屈がぐちゃぐちゃになっている。嘲笑、冷笑、ヘイトスピーチ、偏見に基づく差別。それらが現在もっともポピュラーな右翼の姿だと思う。 戦後の右翼の姿から現在の右翼の姿までの歴史とのその変遷を追った1冊だったが、私とは相容れない人たちがなぜその主張をするのか、それがどう広まっていったのかを理解する上では非常に助けになった - 2026年7月21日
なぜ男は救われないのかリチャード・V・リーヴス,齋藤圭介読み終わった感想ずっと気になっていたやつをやっと読めた。めっちゃ興味深かったし、脳みそがびりびりして痛気持ちいやつだった。 特に黒人男性は危機的な状況に追い込まれやすく、そのデータなども示されていたのだけれど予想以上に悪いデータだったし、そんなに黒人への差別が激しいのかということと、黒人の”男性”は男性性の持つイメージの悪い方を付与されがちだということもけっこう落ち込んだ。 また『男はなぜ孤独死するのか』でも書いてあったけれど、やはり生得的な特徴(当然個人差はあるものとして)を無いことにした状態で教育などの制度が作られていることでそこに適応できない男性がいるというのはやはりかと納得もした。 子どもの発達には環境要因もあるが生得的な要因も相互に作用しあっている。そのことは左派が否定しがちだが(環境要因のみを認めるということ)それこそが間違いであるという指摘だった。 そしていくら教育の場で男女の平等、場合によっては女性のほうが成績がよかったり、進学率が高いとしても労働の場ではそれがないことにされてしまうのはけっこう共通しているんだなと思うなどした、 また読んでいて(まあ、日本はまだそこまで進んでないんだけどな…)と悲しくなってもきたので今すぐにでもどうにかしてほしい、女性差別を是正するとともに困難な状況にいる男性へのサポートもちゃんとしてほしい。このまま男女で分断が進んでも何もいいことはない。 - 2026年7月21日
日本国民のための愛国の教科書将基面貴巳読み終わった感想戦争反対戦争戦争関連以前に読んだ『従順さのどこがいけないのか』がおもしろかったので同じ著者の本を読んでみた。 いわゆる愛国者であるとはどういうことは、そもそも国を愛するとはどういうことかを紐解き、また愛国者や愛国と間違えそうな厄介な事象や心理を解説してくれている本だった。 また忠誠心を持つこと、とは所属する組織に盲目になることではなく、その組織がよくない方向に進んでいたら忠告をし、批判をし、その動きを引き留めようとすることこそその組織へのあるべき忠誠心も持ち方や示し方であると著者は言っていた。 国を愛するということは覚悟が必要なことである。それは国がいいときだけではなく悪い時期も国のことを見つめ、自国の批判も受け入れる覚悟が必要だとも書かれていた。たしかに愛するということであればそれこそ健やかなるときも、病めるときもというやつで、自国の良し悪しも含めてこれが自分の国であり、そこに住まう自分なのだと受容する必要がある。至らないところもあるけれど、こういういいところもある、という塩梅がちょうどいいのではないかと思う。 間違った愛国に進んでいくことの危険性も書いてあり、興味深い本だった - 2026年7月21日
読み終わった感想戦争反対戦争戦争関連戦争、とりわけ日本において『太平洋戦争』というものは取り扱いが難しい。右も左も、自分たちのナラティブにそった『太平洋戦争』を語りがちである。 実際に私も自虐史観と言われるような解釈をしていたことは事実である。 この『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』は加藤氏により徹底的な専門的知見による日本の近現代史の講義である。実際に高校生へ行った講義をもとに日清戦争から太平洋戦争までを章立て、当時の経済や工業、貿易などの各国々がどう影響し合っているか、そのなかでの日本の立ち回りや、軍人、政治家、外交官の論理などを織り交ぜながら、歴史的な専門知識による説明で右にも左にもよらない、ナラティブ性を抑えた内容になっており、フラットな歴史理解のためにはかなり効果的だったように思う。満州事変からの国際連盟の脱退は、いったいどういう理屈で行われたのか、戦争のさなかに発露する人種差別、今まで見えていなかったもの、見ようとしなかったものがこの1冊につまびらかになっている。 ただ自分にとって気持ちがいいものではない。自分にとって都合のいい解釈を許さない、加藤氏の鋭く真摯な講義がこの1冊に詰まっているし、自分もまだまだ理解が足りなかったと、読みたいように読んでいたことを反省した。いい薬だった - 2026年7月13日
フェミニズム読み終わった感想「これからわたしが書こうとしているのは、わたしが創作した話ではなく、わたしの身に実際におこった出来事であり、登場する全ての人物、団体はマジで実在する」 40代を目前にした著者、南綾子氏のほぼ実録婚活小説。笑っちゃうぐらいおもしろくて、涙が出るほどつらくてしんどい話だった。 世の中にある”だいたいこういうもん”という規範とそこから外れる人たちへ向けられる嘲笑。かつて自分が嘲笑ってきた立場に自分が迫ると、どうにかして、時には自分をすり減らしてでもそこから逃れようともがいてしまう。 本当に結婚という制度が人にかける呪いはしぶとい。結婚が、誰かからの唯一の承認みたいなものだと思っている人が多く、誰かから欲された、認められたということがこれほど人に揺るぎない何かを与えるのだろうか、と首をかしげるけれど、きっとそういう人が多いのだろうと思う。 特につらいのはこの小説に書かれた呪いに絡め取られて、自尊心をずたずたにしながら、どうあがいても向かっていく”死”というものに孤独がつきまとってくることを恐れながら、こんなんじゃダメだと脅しをかけられながら生きている人がいまだ多いということと、隙あらばその呪いをかけてくる世間という名の社会の空気、職場、友人、はては家族がいるということ。 そんな四方八方から呪詛を浴びせ続けられて、その呪いを受けないほうが難しい。 なぜこれほどまでに呪いが強いのかというと、この国の制度設計が個人をもとにしていないから。一人で生きていくには自然と心許ないようなそんな制度設計になっているからだ。身も蓋もない話だけれど、生きているうちの不安のほとんどは経済的な不安が大きいと思う。 そこがクリアできれば、もう少し肩の力を抜いて、規範に自己を沿わせなくても楽になれる人が増えるのではないか。 もうずっとその呪いにぐるぐる巻きになっている主人公の姿がつらい。だからこそ最後の最後に主人公が母とともにたどり着く場所は風通しも、見晴らしもいいものだった。読んでよかった。 - 2026年7月8日
あなたのモヤモヤに効く世界文学堀越英美フェミニズム読み終わった感想読みたかったやつやっと読めた~!もともとはwebちくまで連載されていたものを1冊にまとめたものなのだけど、連載当時から読んでいたので……。著者は堀越英美さん。 『女の子は本当にピンクが好きなのか』や『不道徳お母さん講座』の著書であり、『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』や『「女の痛み」はなぜ無視されるのか?』を訳した人でもある。 読みつがれる世界文学作品とは、時代が変わっても人間が持つ悩みや苦しみの普遍的なことを書いているからではないか?と架空の悩みを設定し、それに世界文学作品でもって答えていくという本。 世界文学を読み解く一助にしてもいいし、ブックガイドとしても有効なとてもおもしろい1冊だった。 何より、堀越さんの悩み設定が絶妙なのである。 推しの結婚相手が「匂わせ女」でつらい →『ジェイン・エア』 主婦は自分より家庭を優先すべき? →『春にして君を離れ』 仕事を休みたいが職場に迷惑をかけられない →『変身』 なんでもハラスメント扱いの現代にうんざり →『恥辱』 老親がネット動画の影響で差別発言する →『ドン・キホーテ』 妻が子どもを生みたがらない →『フランケンシュタイン』 ネットでの誹謗中傷がやめられない →『ジキルとハイド』 自分の人生が無意味に思える →『タイタンの妖女』 悩みの設定から、そこに対しての回答がなぜそれを!?と思わせてくるのだけど、読んでみるとたしかに…!と納得し、また紹介されている本が読みたくなる。世界の名作とか読んでみたいけど、どれを読めばいいかわかんないしなー!という人もいい。楽しい1冊だった。私は本について書かれた本が好き! - 2026年6月21日
まぐだら屋のマリア原田マハ読み終わった感想NHKでドラマになっており、素敵な内容だったので原作も読んだ。 や~~~~、ドラマも素敵だけど原作もすごくよかった。 なんというか私は遠くに連れていってくれる小説が好きで、読み始めたところから読み終えて、遠くまできたなあ…と思えるような作品が好みなのだが、これはまさにそれだった。 ”ここに帰ってきたい”と思える場所がある幸福とか、その得難さ、血の繋がりが家族ではないことや、あたたかな連帯、そういったものがゆっくりと互いに影響していて、自分の生活や人生に後ろめたさとか悔いていることがある人はいて、場合によっては大きなことだったり取り返しがつかないものだったりすることもある。 有り体に言えば、傷の舐め合いなのだろうけど、だからなんだという話だ。逃げたくても逃げ場所がなくて途方にくれている人たちが、行き着いた場所でたまたま出会って、自分の罪責を抱えながら、それを抱え続ける苦しさをだましだまし和らげながら生きて、何が悪いというのだろう。それが人間が生きることではないのか、というメッセージが含まれているように思う - 2026年6月20日
読み終わった感想トランプがあれほど熱狂的に支持される理由がずっとわからなかった。その背景にキリスト教福音派の存在があると知ってから、両者の関係性が気になり本書を手に取った。 読んでみての率直な感想は、"白人としての権力"を手放したくない人々が根強く存在し、自分たちの生活や経済的な閉塞感の原因を白人以外に求めているということだ。そこに都合のよい物語性を与え、"信仰"として堂々と掲げられるものとして機能しているのが"福音派"なのではないかと思った。 宗教と社会の関係という観点で特に印象的だったのは、人工妊娠中絶や同性愛をはじめとする性的マイノリティへの拒否感についての記述だ。それらは福音派の教義的な問題というよりも、人種差別が公には許されなくなった時代に、権力者たちが支持者へのアピールとして掲げるようになった代替的な"脅威"だという。正直、呆れるほかなかった。 さらに厄介なのは、福音派が妥協点を見出そうとしないことだ。終末論的な世界観のなかで対立する相手をサタンや悪魔の手先とみなす傾向があり、話し合いを通じて折り合いをつけるというアプローチ自体が成立しにくい。政治的なイシューはただただ議論を重ね、妥協点を見つけながら都度改善していくほかないはずなのに、彼らの信仰する物語のなかでは相手が簡単に非人間化されてしまう。どう対話すればいいのか、正直途方に暮れる。 宗教は本来、人の救いや共同体の絆のためにあるはずだ。しかしその"信仰"が差別や排除の隠れ蓑として機能し、対話の回路さえも閉ざしてしまうとすれば、それはもはや宗教の問題ではなく、民主主義の問題だと感じた。日本にいる私にとっても、無関係とは言いきれない。 - 2026年6月20日
読み終わった感想好みの作家さんと出会ったとき、この幸福に転がりまわりたくなってしまう。 中身がまずもってすごいよかった。中年男性の仕事もうまくいかず、恋愛経験もほとんどなく、結婚も見えてこなくて不安と孤独に身をすくませる。ずっとこういう中年男性の話が読みたいと思っていた。 こういう人を恋愛や結婚の存在がさも当たり前のような社会の空気に飲まれているだけだとか、自分で自分を満たせるようにとかいうアドバイスは正しい。実際そうだし。でもやさしくない。 だからここに向き合う作品を欲していた。 ごまかしてきたことや。見過ごしてきたことはいつか腹を据えて向き合わなければならないときがくる。それは自発的にそうできるときもあれば、否応なしに肩をぐいっと掴まれて身体の向きを変えられるようなときもある。 登場人物のその瞬間が拙くて美しくて読んでいて泣きそうになった。 みんながそれぞれダメなところも素敵なところもあって、読み終わったら登場人物たちがすごく愛おしくなってしまった。こういう小説書かれたら、好きになっちゃうよ~!そしてまたもや『女による女のためのR-18文学賞』出身作家であった……。 - 2026年6月20日
転落男性論西井開読み終わった感想男性学私が男性学に興味を持つきっかけとなった『「非モテ」からはじめる男性学』(集英社新書)の著者である西井さん開さんの新刊『転落男性論-孤立、暴力、ホモソーシャル』である。 男性が男性自身を苦しめ、またそれにより女性や性的マイノリティが人権を侵害される原因として男性による“男らしさへのこだわり”というものがある。「男性の生きづらさは社会的に称揚される『男らしさ』へのこだわり―精神的に自立し、十分に稼ぎ、多くの女性と恋愛をし、結婚をして家族を養っていくこと―に起因する」、これを本書で西井さんは“達成モデル”と称した。 この“達成モデル”について私は納得する部分がありながらも、はたしてそれだけだろうかという疑問をうっすらと抱いていた。 イメージされるマッチョな男としての達成や成功、それらを求めている男性ばかりではないだろうとも思っていたし、女性にも様々な人がいるように男性にも様々な人がいるというのは当然のことだからだ。 本書の画期的なところは男性は“達成したい”ばかりではないということを示したことだ。本書内でも示しているが、近年の調査においても男らしくなりたいとは思っていない男性が存在し、または増加もしている。にもかかわらず、男性たちの自殺率は高止まりしており、過労によってメンタルヘルスの不調にいたる男性は数多い。 この事実は“達成モデル”だけでは男性たちの葛藤、男性たちを縛るものを捉えそこねているのではないか、という考えが本書のスタートである。 序章から第1部、第2部ではおもに男性は“達成”だけではなく、むしろ“転落”を恐れているのではないかという指摘と、その“転落”とはいったいどういうものかが西井さんの開催している「非モテ研究会」のメンバーによる個人の経験による語りでもって説明された。 社会から構築された「普通の男性」というイメージがあり、そこから“転落する”ことが何よりの恐怖や不安を与え、そうならないために、自分を苦しめる。この“転落”も男性個々人の生育や環境によってまるで違うもので、単一的なイメージをするのではなく、あくまでそこに存在する構造や社会を考察していく必要がある。 また“転落”を恐れる男性に「男らしさから降りる」というメッセージは崖まで追い詰められている者に落ちることをすすめるのと同じようなもので、この提言は意味をなさない。なぜなら“転落するか、しないか”のギリギリのところまで追い詰められているからだ。 私はこの一連の指摘と説明がすごく腑に落ちた。いわゆる「普通の男性」から“転落”してしまう。その恐怖はきっと私が想像するよりも何倍も切迫したものだろうし、コミュニティが限定されていればいるほどその恐怖や葛藤は大きいだろうと思う。 「有害な男性性」や「男らしさから降りる」という言説はたしかに必要なものであり、間違いではない。それらに固執するがあまり、女性や性的マイノリティの尊厳を踏みにじる振る舞いは枚挙に暇がない。 しかしながらそうではない、少なくとも、本人や他者がそう認識していない男性までもがここまで苦しそうなのは、性差別や偏見を指摘されたときに恐慌状態に陥り、加害にまで転じてしまうのはなぜか考えていた。 そこに正当性や正常性からの“転落の恐怖”があることは私にとって新しい事実だった。 フェミニズムの本もそれなりに読んできたなかで、やはりこの世を構成する属性のひとつとして男性もこの苦しさから逃れることができなければ、真のフェミニズムを達成するのは難しいと考えるようになった。 そこからフェミニズムと男性学を両輪のものとしていかないと、いつまでも私たちへの侵害はなくならない。 「有害な男性性」や「男らしさから降りる」では排除されていた男性たちにも、"転落の恐怖"は確かに存在する。女として生きていると、男性優位社会やそれを変えようとしない人たちへの憤りがどうしても募る。本書はその憤りをより遠くへ届く力に変えてくれる。その苦しさを視野に入れながらフェミニズムと男性学を両輪として持ち続けること。それが今の私にできる誠実な問いの持ち方だと、本書を読んで改めて思った。 - 2026年6月20日
悪口ってなんだろう和泉悠読み終わった感想私は悪口のたぐいが嫌いなのですが、なんで嫌いなのか、そもそも悪口ってなに?批判とかとどう違うんだ?に興味があり、たまたまPodcastで話が出てきて手に取った。 悪口は相手のランクを下げる、つまり相手を低い場所に落とすことによりその相手が他者から侮られることを誘引するということだった。だから悪口はよろしくない。 しかし、その悪口が有効になる場面がある。それは相手と自分に圧倒的な権力差があり、相手がいかに不当なふるまいをしているかをコミュニティで共有するための悪口は有効であり、するべきであるらしい。 そう考えると私はここのところずっと高市政権の悪口を言いまくっていることになるが、権力者に対する悪口というのは互いに虐げられている側が連帯しやすくなったり、異議申し立てにつながる役割を果たしている。 私は悪口のたぐいは嫌いだ。たまたま自分の機嫌が悪くて相手の言うことややることが気に食わないことなどもあるからである。しかしながら、この不安定な社会情勢については不安定にさせている対象に対しての悪口を言いまくっていきたい - 2026年6月20日
読み終わった感想フォロワーさんとの読書会で課題本になっていた 勉強をするとノリが悪くなる、今まで見えていたものや考えもしなかったことを考えるようになり、それがノリの悪さにつながっていくというものだった。 これについてはたしかに実感があった。偏見や差別的なことはそれが発生する下地や背景、構造を知ってしまうとそれにはノれなくなる。ネットミームなんかはかなりそういう割合が高く、もともとが差別的な意味合いから出発していることが多いために、もはや最初から使わないほうがいいのではないかとすら思う。 ただこうしたノリの悪さを手に入れるということはあらたな自分になることでもあると著者は述べている。 たしかにノリが悪くなり、大きな波やその場の盛り上がりには合わせられないかもしれないけれど、私はノリが悪くなった自分が嫌いではない
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