るんば
@hokechoco
2026年1月12日
どうしても生きてる
朝井リョウ
読み終わった
■全体的な印象
私が朝井リョウが好きな理由が、万城目さんの解説でわかった。
万城目さんは、山田風太郎『八犬伝』の一部を引用して、ツジツマを合わせているのが『虚』で、ハッピーエンドにならない現実・ツジツマの合わなさを描いているのが『実』だと書いており、それでいうと朝井リョウは『虚』を織り交ぜながら『実』の世界を掘り続けているとのことだった。
これを読んでしっくり来た。私が今まで生きてきた中でたくさん感じてきたうまくいかない現実を、朝井リョウは書いてくれる。それと同時にモヤモヤしていた感情をうまく言葉にしてくれて、共感の嵐しかない。
心が奮い立たされるとかはないけど、どんな状況でも生きてくしかないんだと読んで振り切れる。認めたくなくてウジウジしてたけど、100%の絶望を突きつけられて、生きることに向き合うしかないって気付いた感じ。
また生きるのに疲れてきたら、もう一回現実突きつけられるために読みたい。
あとはそれぞれのエピソードの主人公達の今後がすごく気になったな。
■心に残ったフレーズ
アプリを通じて知り合う男たちの印象は、総じて、マッチングアプリを使っていそうだな、というものだった。人生における予想外の出来事や事態をリスクと名付け、可能な限りはじめから排除したがりそう、という、はっきりとは言葉にしがたい雰囲気だ。(P27)
体の内側から湧き出てくる泉というか、細胞の隙間から何かが滴るほどの豊かさのようなものが、どんどん襲われている感覚がある。(P33)
再配達を頼んだのだから、自殺なんてしない。
離婚を申し込まれたのだから、かわいそう。
新しい恋人ができたら、もう大丈夫。
満たされていないから、クレームを言う。
暴力描写のある漫画を好んでいたから、人を殺す。
そんな方程式に、安住してはならない。
自分と他者に、幸福と不幸に、生と死に、明確な境目などない。(P41)
なんてことない投稿を最後に更新が止まっている様子は、突然ぶった切られた人生の断面図をこちらに見せつけているようで、爽快だ。同時に、まだ乾いておらずぬらぬらと光っているはずのその断面は、日々“死ななかった”という籤を引き続けているだけの、自分自身の生の不安定さそのものだと感じた。(P44)
健やかな論理だけでは成立させられない人生だからこそ、1足す1の答えとして真っ先に2を選ぶ瞬間の輝きに、張り倒されそうになる。(P55)
自分に嘘をつかないことと、もらったアドバイスを頑なに拒否することとはまた違うんじゃないかって。ひとの意見を取り入れてみたり、本当はやりたくないかもしれない仕事にも本気で向かったりしながら、その先にある自分が本当に好きなことをできる場所だけは守り続けるっていうのも、自分に嘘をつかないことと同義なんじゃないかなって。(P95)
変わりゆくものに自分を託してはいけない。だけど、変わらないものに自分を託し続けることができる人は、そうしていられる自分の奇跡的な幸福に気づかない。(P105)
変わるのはいつだって、人間のほうだ。自分に嘘をつくことでしか生き延びることができない、人間のほうだ。(P119)
どこに向かって進んだって後ろめたさの残る歴史を歩み続ける以外に、この人生に選択肢はない。(P125)
生きていくうえで何の意味もない、何のためにもならない情報に溺れているときだけ、息ができる。(P151)
大人になればなるほどさ、傷ついたときほど傷ついた顔しちゃいけないし、泣きたいときほど泣いちゃいけないよね(P274)
痛いときに痛いって言えれば、それでいいのにね(P275)
心のままに泣いても喚いても叫んでも驚かない人がひとりでもいれば、人は、生きていけるのかもしれない。それが、誰にとっても誰でもない存在としてでしか向き合えない人であっても、それでも。(P278)
この世の中には、二種類の人間がいる。生きる世界が変わってしまったとき、自分を変えなくていい人。その人のせいで、自分を変えなければならなくなる人。そしてそれはきっと、知らないうちに知らないところで、決められてしまっている。(P358)
全部繋げて、リボンにするのだ。そうすれば、つらいときには包帯としても使える。人生を美しく包むものも、たくましく補強するものも、いつしかこの手でつかみ取っていた。
だからきっと、大丈夫。これまでみたいに、不安で不安でたまらないまま、大丈夫になるまでどうせまた生きるしかない。(P370)
現実には起こるはずのない大団円を描き、見事にツジツマが合う八犬伝は、自分からしてみれば「虚」の物語である。自分はそんなもの書かない、なぜなら、ハッピーエンドは現実では起こり得ないし、ツジツマの合わないのが人生だから。ゆえに、自分の書く話は「実」だ、と鶴屋南北は言うのである。(P373)
朝井氏はときに「虚」の物語も織りこみつつ、「実」の世界を、底へ、さらに底へとひとり掘り続けている。穴のへりからのぞきこんだとき、もはやその頭がわずかに確認できるか否かくらいまで暗闇に浸りながら、さらに沈降せんと決意しているように映る。(P377-378)


