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るんば
@hokechoco
  • 2026年3月3日
    ゾンビ化する社会 生きづらい時代をサバイブする (角川書店単行本)
    ■全体的な感想 中野信子さんと岡本健さんのゾンビ学に関する対談。 ゾンビ映画だけではなく、ホラー・災害映画を何故か進んで観てしまうのは、自分がもしこういう場面に遭遇してしまった時のシュミレーションをしている、という話があり、今までそんな視点で映画を観たことがないのでハッとした。 あとはやっぱり人間は刺激を求めるもので、毎日のつまらないことの繰り返しにはすぐに飽きて退屈になってしまい、不安や心配を解消するために刺激を求めてそれを乗り越えようとする、だからその刺激をゾンビ映画に求めてしまい、思わず観てしまうんだという話を見て、人間ってなんでこんな生きづらいというか幸せを感じ辛い生き物なんだろうと思った。もっとゆるふわ脳内で、毎日のルーティンでも幸せを自然に感じられる脳に進化してほしい。まぁそうなると絶滅するんだろうけど。 人間はこの世にいるべきなのか?笑 この生きづらさが人間の宿命なんて嫌だよー人間辞めたいよーと、赤ちゃんみたいに脳内で喚いた。でも軽い絶望って生きる上で必要だよなと最近気付いてきた。 ■印象に残ったフレーズ 中野:終末ものを好む人たちのほうがパンデミックや災害に対してより丁寧に準備していて、適切に対応できる特徴があることがわかったんです。(P22) 中野:わたしたち人間というのは、なかなか単純に物を見ないんですよね。”なにか"に見えちゃう。点と点を勝手に結ぶんです。 岡本:物語を作り出してしまう。 (P59) 岡本:「不正解を選びたくない」という若者の心理を表しているような気がします。 中野:「間違えたくない」という言葉を、わたしも若い世代からよく聞くんですよね。正解を選ぶにはどうしたらいいんですか」と本当によく聞くんです。でも、もうわたしたちがいい年齢だから思うのかもしれませんが、選べるわけないじゃないですか。 選んじゃったらもう終わりなんだよ、選び直せるわけもないんだから。もうそれで生きるしかないじゃない。それを選んだからにはそれをもう正解にするしかないわけです。 (P105) 岡本:どうもコスパ思考みたいで、「そこに対して時間や気持ちをかけるべきなのか」という部分で選巡しているようなんですよ。でも、ずっと躊躇していると、結局なんの情報も経験も得られないまま、悩んでいるだけになってしまって答えに近づくことができない・・・・・・。それは病みますよ。(P107) 中野:おそらく、「とんでもないこと」の向こう側がよく見えてないんじゃないでしょうか。「とんでもないことといっても、意外とリカバリーできるんだな」という学習がなされておらず、経験が足りていないのでしょう。いまの社会で底辺といったって、命までは取られないだろうと思いますけどね。(P110) 中野:「失敗したらとんでもないことになるぞ」が女性にとってキャリア上の呪いになり得ますからね。つまり、子どもを産むことがキャリア上の失敗につながる可能性が女にはあるわけですよ。(P111) 中野:思考停止して、いろいろな解決を要する課題を見ないように、ある程度の搾取を許しながら安定的にゾンビとして生きたい人は、普通にいておかしくない。 岡本:「自由に決めたいけれど損したくない」とか、でも「面倒くさいから決めてほしい」とか、真逆の様々な軸が同時に発生していて、僕らは結局どれを選んでいいかわからない。 中野:それゆえに、思考停止したくなる人が増殖してしまう。 (P119) 中野:「自由になれよ」という無費任でおめでたい人のかける圧があるせいで、正解を選ばなきゃいけないプレッシャーが、いまの若者にはありそうです。それに耐えられないというつらさはあるんじゃないでしょうか。 間違っていても誰かが決めてくれたことに従いたい。自分は責任を取りたくない。 決めてもらって楽になりたいんだろうと思うんです。誰も決めてくれないとなったら、占いに頼ってでも自分以外のなにかに決めてほしい。そうすれば、失敗しても占いのせいにできる。 (P143) 岡本:そもそもの存立基盤のようなものに疑問を呈されて、社会から正しいものも与えてもらえないしで、自分の拠って立つところや指針のようなものを得たいというところにフィットするものなのかもしれないですよね。 中野:目の前に映る、複雑で残酷な社会をとにかく見ないでいられる装置が欲しいのかもしれない。 (P144) 中野:そういう人たくさんいますよね。距離があったほうが実は扱いが楽なんですよね。 距離が近いといろいろとネガティブな感情も出てきてしまう可能性があるし。それこそ妬みとか。(P148) 中野:我々人間の幸せの感じ方というのは、「差分」なんです。いや、「微分」といったほうがいいかな。要は「傾き」なので、その傾きがフラットだと、幸せゼロ。 我々人間の脳は、刺激が入ってこないと駄目なんですよ。なにもなければ勝手に刺を作り出してでも、なんとかしようとする。 (P187) 中野:正しい側に立つと、なんの能力もない自分がいかにも社会の代表であるかのように振る舞うことができるんです。だから、なんらかの過失のある人に対して執拗に文句をぶつける側に常になろうとするのではないか。そして、それに一旦ハマるとあまりにも快感なので、相手が謝ったり解決しちゃったりすると物足りなくなって次の人を探す。(P197) 中野:世の中の一定数の人は、明日も安定していてほしい、不安を感じたくないという気持ちが強いために、本来の人間が、変化を求めるものであるという言説を肯んじないと思うんです。でも、実際に安定的な環境に行ってみたら、ほとんどの人はどんなに愛する人がいてもほぼ確実に他の人に目移りくらいはするし、なんの変化もない生活をしたら「退屈だ」なんて言い始めてきっとどこかに行きたくなる。(P207) 中野:なにか困ったとか不安とか嫌だなと感じさせられる出来事に実際に直面して、変わろうとかなんとかしようという気持ちが生まれないと、わたしたちは満足しない脳を持つように進化しているんです。(P208) 岡本:変化した日常に対してどう対応するのかを考えたりすること自体がエンタメになる。脳にとって心地いいのかもしれないですね。 不快だったり嫌だったりしつつも、本当は考えたい。でも、直接口に出すのははばかられるから、それをゾンビ映画というジャンルにくるむことによって堂々と考えたり話し合ったりできるようになる。そのような装置としてゾンビ映画があるのかな。 (P225) 何が事実で、何がデマなのか。どうにもよくわからない。情報社会の進展によって手に入る情報の量は増大しており、情報の奔流に押し流されそうになる。コスパを意識して、一つ一つにじっくりと向き合っている時間が惜しい。結局よくわからないから、事実がどうとかよりも、細かな政策の内容などよりも、「納得感」や「気持ちよさ」「歯切れよさ」などで判断してしまう。(P227) 大学の研究者は基本的には自分の専門分野には詳しくて、他の分野は「わからない」と言ってしまいがちです。 専門用語を共有していない、価値観の異なる他者とのコミュニケーションをあきらめてしまう態度にもつながります。 中野先生には、そういった「垣根」がありません。どんな話題をふっても、膨大な知識や経験の引き出しから、何かを取り出してきて見せてくれる。私が知らなければ「これはね」と丁寧に説明してくださる。わからないことはわからない、知らないことは知らないと言ってくださる。 現代においては、こうした、「優しくて粘り強い思考」と、「その場を大切にすること」が重要なのではないか。 (P228,229)
  • 2026年2月18日
    汝、星のごとく
    ■全体的な感想 この本を泣かずに読める人っているんだろうか? そしてこの本は絶対自分のバイブルというか、本当に自立して生きる女になるために何度も読み返したい本だなと思った。 恋愛要素が強い本だけど、自分に自信を持って生きていきたい女性にぜひ読んでほしい。 暁海や瞳子さんの生き方はすごくためになった。 最初は甘酸っぱい青春シーンいっぱいで、キラキラしてる感じだった。 どんどん読み進めていくうちに、暁海に自分の姿を投影してしまう部分が多くて、読んでいて辛いよねーわかるよーという気持ちでいっぱいだった。 だけど暁海も櫂も、親の業をいつまでも重荷として背負ってしまっているせいで、特に暁海は自分の人生を生きられていなくて、私まで心苦しくなった。 私自身、自分の親は毒親寄りで、親に苦しめられてきた人生だと思ってきたけれど、暁海の人生と比べると自分なんて比じゃないし、私甘えてんなーと思った。悲劇のヒロインぶってたし、周りに甘えてばっかりで生きてきたなと。 私は暁海みたいに覚悟決めて自分の全てを捧げて、母親のためにお金を稼ぐことができるだろうかって思うと、多分無理だなと思った。 そう考えると暁海ってすごいなと思う。強い。覚悟決めた瞬間から暁海はどんどん変わっていって、自信もつけていって、瞳子さんみたいになっていったのが素敵だった。 あとは瞳子さんの言葉が好き。身に染みる。私も瞳子さんみたいに軽やかに強く覚悟を持って生きていきたいと思った。 ■印象に残ったフレーズ 「いざってときは誰に罵られようが切り捨てる、もしくは誰に恨まれようが手に入れる。そういう覚悟がないと、人生はどんどん複雑になっていくわよ」(P93) 永遠に辿り着けない場所を目指して疾走するものが恋ならば、ゆったりと知らないうちに決定的な場所へ流れ着くものが愛のような気もする。(P209) 抗うから波立つ。ただ許して受け入れればいい。受け入れることで自分の中の一部が押し潰されて歪んでいくけれど、歪みなく生きることのほうが難しい。そんなことを誰かと話したい。(P211) 「何度でも言います。誰がなんと言おうと、ぼくたちは自らを生きる権利があるんです。ぼくの言うことはおかしいですか。身勝手ですか。でもそれは誰と比べておかしいんでしょう。その誰かが正しいという証明は誰がしてくれるんでしょう」(P306) 「正しさなど誰にもわからないんです。だから、きみももう捨ててしまいなさい」(P306) 結局一番のがんばれる理由は『ここはわたしが選んだ場所』という単純な事実なのだと思う。(P323)
  • 2026年1月26日
    正欲
    正欲
    ■全体的な感想 朝井リョウはマイノリティで苦しむ人の心を、なぜこうも解像度高く言葉にできるんだろう。 やっぱりいつもの如くハッピーエンドにはならなかったけど、でもマイノリティが生き延びるためのヒントはたくさん散りばめられてた。 自分と同じ境遇の繋がりを作るとか、自分が一番誰かに晒したくない部分を共有している関係は強いとか、他にもたくさん。 実際性欲って、センシティブで、わかり合おうよとかいう理想論が一番当てはめにくくて、相手によっては触れられたくないことが一番関係してくるトピックだと思うんだよね。 その性欲の部分でお互いの隠しておきたい部分を開示し合った関係ってすごく強固というか、普段絶対人に見せない所で繋がりあえてるからこそ、繋がりが深いというか。何本もあるちょっとの出来事で切れそうな細い線じゃなくて、1本だけどぶっとくて絶対に切れない線で繋がり合ってるイメージ。それを夏月と佳道には感じた。異質だけど、そこら辺にいる一般的な夫婦が求めているぶっとい繋がり。でも一般的な夫婦はそんな強固なぶっとい繋がりを作れることはほとんどない。皮肉だよね。 一般の幸せを求めるか、愛情とかは一切ないけど自分の一番晒したくない部分を晒し合って繋がってる関係を求めるか。 私はこの本を読んで、後者の繋がりを求めて結婚することも、自分が生き延びるための一つの手段としてよいのではと思えたよ。 ■印象に残ったフレーズ 社会からほっとかれるためには社会の一員になることが最も手っ取り早いということです。皮肉ですよね。でも真実です。ちなみに、社会の一員になるとはつまり、この世界が設定している大きなゴールに辿り着く流れに乗るということです。(P7) たとえば、街を歩くとします。 「明日、死にたくない」と思いながら。 世の中に溢れる情報のひとつひとつが収斂されていく大きなゴールを、疑いなく目指しながら。 そのとき、歩き慣れたこの世界がどう見えるようになるのか、私は知りたい。 本当は、ただそれだけなのかもしれません。(P8) 沙保里が自分に話しかけてきたのは、決して友達になりたいからではない。うまくいかない日常の中で、職場の仲間と一緒に盛り上がれる“玩具にしていい対象”が欲しかっただけなのだ。 出産のため退職する人が多い職場でいつしか自分が異端な存在になりかけている今、そんな自分が異端だと指をさせる対象が必要なだけなのだ。(P35) 誰かにわかってもらおうと思うこと自体が無駄なのだ。私の人生は。(P183) 幸せの形は人それぞれ。多様性の時代。自分に正直に生きよう。 そう言えるのは、本当の自分を明かしたところで、排除されない人たちだけだ。(P214) マジョリティというのは何かしら念がある集団ではないのだと感じる。マジョリティ側に生まれ落ちたゆえ自分自身と向き合う機会は少なく、ただ自分がマジョリティであるということが唯一のアイデンティティとなる。そう考えると、特に信念がない人ほど”自分が正しいと思う形に他人を正そうとする行為“に行き着くというのは、むしろ自然の摂理なのかもしれない。(P223) いつしか、幸福よりも不幸のほうが居心地が良くなってしまった。はじめから何も与えられず、何を手に入れられるかや何を失うかで思い悩まなくてもいい状態に、すっかり慣れてしまった。(P228) 社会とは、究極的に狭い視野しか持ち合わせていない個人の集まりだ。それなのにいつだって、ほんの一部の人の手によって、すべての人間に違う形で備わっている欲求の形が整えられていく。(P273) この世界にはきっと、二つの進路がある。 ひとつは、世の中にある性的な感情を可能な限りすべて見つけ出そうとする方向。規制する側の人間ができるだけ視野を広げ、“性的なこと”に当てはまる事象を限界まで掘り出し、一つずつに規制をかけていき、誰かが嫌な気持ちを抱く可能性を極力摘んでいく方向。 自分の視野が究極的に狭いことを各々が認め、自分では想像できないことだらけの、そもそも端から誰にもジャッジなんてできない世界をどう生きていくかを探る方向。いつだって誰だって、誰かにとっての“性的なこと”の中で生きているという前提のもと、歩みを進める方向。(P273,274) 皆もともとたった独りで、家族とか友人とかがいる期間を経て、また独りに戻るだけ(P285) 自分が抱えているものはトラウマなんかではない。理由もきっかけも何もなく、そういう運命のもとに生まれた、ただそれだけのことだ。こうなってしまった自分には何かしらの原因があって、それを吐露する場があれば何かが癒され変化するような次元の話ではない。(P300) 多数派であるということに安住し自分という個体について考える機会に恵まれないのは、一つの不幸でもあるのかもしれない、と。端からそちらの岸に近づくつもりのない自分は、その分、自分が個人としてどう在りたいかということについては明確な意志を持ち合わせているのかもしれない、と。(P311) 自分は、生きていたかったし、もっと生きてみたかった。 誰にも怪しまれず矛盾なく死ぬためだけに生きることに、本当はずっと前から耐えられない思いだった。友達が欲しかった。さみしいと言える人が欲しかった。人生に季節が欲しかった。 自分にとってそれを叶えるために必要だったのは、世の中に溢れる情報のひとつひとっが収斂されていく大きなゴールなどではなかった。自分から漏れ出る情報のひとつひとつに耳をすませ、じっと向き合うことのできる自分自身だった。(P313) みんな本当は、気づいているのではないだろうか。 自分はまともである、正解であると思える唯一の依り所が、“多数派でいる”ということの矛盾に。三分の二を二回続けて選ぶ確率は九分の四であるように、“多数派にずっと立ち続ける”ことは立派な少数派であることに。(P324) まともって、不安なんだ。佳道は思う。正解の中にいるって、怖いんだ。 この世なんてわからないことだらけだ。だけど、まとも側の岸に居続けるには、わからないということを明かしてはならない。(P325) はじめから選択肢奪われる辛さも、選択肢はあるのに選べない辛さも、どっちも別々の辛さだよ(P343) だから私は、あんたみたいにどうだこんなに辛いんだって胸張って、不幸で相手を黙らそうとは思わない。それが生まれ持ったものだとしても、不幸を言い訳にして色んなことから逃げたくない。(P343) 「あってはならない感情なんて、この世にないんだから」 それはつまり、いてはいけない人なんて、この世にいないということだ。(P346)
  • 2026年1月18日
    誰でもみんなうつになる 私のプチうつ脱出ガイド(1)
    ページも多くなくて読みやすかった。 ストレスを山分けするっていう整理の仕方と、薬を使わない治療法がためになった。 今適応障害で会社を休んでいる中、何か治療や考え方のヒントを知れたらなーというきっかけで読んだけど、自分のケアの仕方を学んでいって治していくのが大事なんだなと思った。
  • 2026年1月15日
    婚活マエストロ
    ここ最近ハッピーエンドに向かう系の小説を読んでなかったからもどかしく感じたけど、主人公が40歳で恋愛できてよかった。 あと付き合う前にサイゼリヤ行きませんかって誘える関係性いいなと思う。おしゃれで着飾ったレストランにデートで行くより、こういうお店でご飯食べれるくらい気心許せる関係性を築いた上で付き合いたいな。それはきっとマッチングアプリとか結婚相談所とか、相手を条件でまず見て判別してしまうプラットフォームだと難しいだろうなと思うけど。
  • 2026年1月12日
  • 2026年1月12日
    どうしても生きてる
    ■全体的な印象 私が朝井リョウが好きな理由が、万城目さんの解説でわかった。 万城目さんは、山田風太郎『八犬伝』の一部を引用して、ツジツマを合わせているのが『虚』で、ハッピーエンドにならない現実・ツジツマの合わなさを描いているのが『実』だと書いており、それでいうと朝井リョウは『虚』を織り交ぜながら『実』の世界を掘り続けているとのことだった。 これを読んでしっくり来た。私が今まで生きてきた中でたくさん感じてきたうまくいかない現実を、朝井リョウは書いてくれる。それと同時にモヤモヤしていた感情をうまく言葉にしてくれて、共感の嵐しかない。 心が奮い立たされるとかはないけど、どんな状況でも生きてくしかないんだと読んで振り切れる。認めたくなくてウジウジしてたけど、100%の絶望を突きつけられて、生きることに向き合うしかないって気付いた感じ。 また生きるのに疲れてきたら、もう一回現実突きつけられるために読みたい。 あとはそれぞれのエピソードの主人公達の今後がすごく気になったな。 ■心に残ったフレーズ アプリを通じて知り合う男たちの印象は、総じて、マッチングアプリを使っていそうだな、というものだった。人生における予想外の出来事や事態をリスクと名付け、可能な限りはじめから排除したがりそう、という、はっきりとは言葉にしがたい雰囲気だ。(P27) 体の内側から湧き出てくる泉というか、細胞の隙間から何かが滴るほどの豊かさのようなものが、どんどん襲われている感覚がある。(P33) 再配達を頼んだのだから、自殺なんてしない。 離婚を申し込まれたのだから、かわいそう。 新しい恋人ができたら、もう大丈夫。 満たされていないから、クレームを言う。 暴力描写のある漫画を好んでいたから、人を殺す。 そんな方程式に、安住してはならない。 自分と他者に、幸福と不幸に、生と死に、明確な境目などない。(P41) なんてことない投稿を最後に更新が止まっている様子は、突然ぶった切られた人生の断面図をこちらに見せつけているようで、爽快だ。同時に、まだ乾いておらずぬらぬらと光っているはずのその断面は、日々“死ななかった”という籤を引き続けているだけの、自分自身の生の不安定さそのものだと感じた。(P44) 健やかな論理だけでは成立させられない人生だからこそ、1足す1の答えとして真っ先に2を選ぶ瞬間の輝きに、張り倒されそうになる。(P55) 自分に嘘をつかないことと、もらったアドバイスを頑なに拒否することとはまた違うんじゃないかって。ひとの意見を取り入れてみたり、本当はやりたくないかもしれない仕事にも本気で向かったりしながら、その先にある自分が本当に好きなことをできる場所だけは守り続けるっていうのも、自分に嘘をつかないことと同義なんじゃないかなって。(P95) 変わりゆくものに自分を託してはいけない。だけど、変わらないものに自分を託し続けることができる人は、そうしていられる自分の奇跡的な幸福に気づかない。(P105) 変わるのはいつだって、人間のほうだ。自分に嘘をつくことでしか生き延びることができない、人間のほうだ。(P119) どこに向かって進んだって後ろめたさの残る歴史を歩み続ける以外に、この人生に選択肢はない。(P125) 生きていくうえで何の意味もない、何のためにもならない情報に溺れているときだけ、息ができる。(P151) 大人になればなるほどさ、傷ついたときほど傷ついた顔しちゃいけないし、泣きたいときほど泣いちゃいけないよね(P274) 痛いときに痛いって言えれば、それでいいのにね(P275) 心のままに泣いても喚いても叫んでも驚かない人がひとりでもいれば、人は、生きていけるのかもしれない。それが、誰にとっても誰でもない存在としてでしか向き合えない人であっても、それでも。(P278) この世の中には、二種類の人間がいる。生きる世界が変わってしまったとき、自分を変えなくていい人。その人のせいで、自分を変えなければならなくなる人。そしてそれはきっと、知らないうちに知らないところで、決められてしまっている。(P358) 全部繋げて、リボンにするのだ。そうすれば、つらいときには包帯としても使える。人生を美しく包むものも、たくましく補強するものも、いつしかこの手でつかみ取っていた。 だからきっと、大丈夫。これまでみたいに、不安で不安でたまらないまま、大丈夫になるまでどうせまた生きるしかない。(P370) 現実には起こるはずのない大団円を描き、見事にツジツマが合う八犬伝は、自分からしてみれば「虚」の物語である。自分はそんなもの書かない、なぜなら、ハッピーエンドは現実では起こり得ないし、ツジツマの合わないのが人生だから。ゆえに、自分の書く話は「実」だ、と鶴屋南北は言うのである。(P373) 朝井氏はときに「虚」の物語も織りこみつつ、「実」の世界を、底へ、さらに底へとひとり掘り続けている。穴のへりからのぞきこんだとき、もはやその頭がわずかに確認できるか否かくらいまで暗闇に浸りながら、さらに沈降せんと決意しているように映る。(P377-378)
  • 2026年1月9日
    考察する若者たち
    ■全体的な感想 読みやすかった。 現代社会の風潮や流れを、今と少し昔に流行ったコンテンツ(漫画や歌など)を対比にして言い表してるのがすごく的を得ていたし、イメージしやすかった。 三宅さんが繰り返し使っていた報われポイントを、今の若者は求めてるらしい。報われたいよね。私も報われたい。でも報われない社会だからこそ、自分が惹かれたもの・好きなこと・熱中できることを自分で見つけ出せる人間になりたいなと思った。 自分今満たされてないかも、虚しくなってきた、と思ったらまた読みたい。 あと、あとがきにかいてたやりたいことや自分だけの感想を見つけるコツも備忘で書いておく ①本や雑誌を読む ②キャラじゃないことをやってみる ③1人で夜更かししてみる(なんとなくずーっと4,5時間も見てしまう動画って、自分の好きなジャンルであることが多いのでは?とのこと) ④感動をじっくり言葉にしてみる ⑤他人に簡単に憧れてみる ■もやっとポイント ひろゆきのことが語られてる節(P100) 納得できない部分があった。 転生ものと陰謀論が同じ論理という部分。転生ものについて、転生もののスタート地点(🟰自分のスペック)を変えることがその後の人生を変える、というのはわかる。 だけど陰謀論のスタート地点としている「現世を支配しているが気付かれていない悪の魔力」はスタート地点とは言えないのでは?と思う。むしろ悪の魔力に気付いた後に起こす行動がここでは🟰になると思う。だって転生ものの時と同じ文脈で当てはめると、悪の魔力を変えることで、その後の自分の人生は変わらないもの。あくまで自分の何かを変えることで人生が変わるじゃん、、?と思った。 ■印象に残った文章 令和のヒットコンテンツをつくりたいのならば、アルゴリズムに乗っかり、プラットフォームに即した形で、「楽しい実感+それ以外の報酬」を与えることが重要なのである。(P138) 「陽キャ」「陰キャ」と属性の違いで学生の違いを指す。そのように縦のヒエラルキーは崩れ、横の「界隈」が増えていく。(P162) 考察したい、推したい、転生したい、気づきたい、成長したい、疑似親がほしい、正解がほしい、報われたい、こうした若者たちの姿はーアルゴリズムのレコメンドに押し流される私たちの姿そのものなのだ。(P163) 考察とは究極、読者の切り口や視点(批評的観点)よりも、作者のもつ正解を重視する行為である。その場合、世界に受容者と発者がいたとき、受容者の多様な解釈よりも発肩者の唯一無二の「正解」を優先する。(P172) もちろん情報の真偽はいまなお疑問視されている。しかしそれはあくまで情報の真偽であり、AIの回答そのものを疑う人は少ない。(P174)←私はAIの回答を疑いがち AIは特定のAI文化圏(つまりデータを吸い上げる元ネタ)の場所における、とりあえずの正しさを提示する存在である。AIの正しさとは、カッコつきの「正しさ」でしかないのだ。(P175) AIはGoogleがグローバル化し開いてきた社会を文化圏ごとに閉じ込める存在になるのではないか、ということだ。(P175) 「正しさ」なんて、すぐに変わる。情報も、大量にありすぎる。頑張っても、報われないことのほうが多い。何かをやろうとすると、失敗する。人間と関わろうとすると、後悔する。ひどいときは、加害や被害の問題も出てくる。二人でしがみついて生きていこうとしても、たいていは別々に流されて終わる。(P179-180) はたして私たちにとっての「正解」はどこにあるのか。これだけ科学技術が進歩しても、世界中の情報が手に入るようになっても、それでも私たちは濁流の中でいまもあがいているのだ。正解がわからないままで。だからこそ、少しでも報われるゴールがあると、そこにしがみつきたくなる。(P180) 人生は基本的に報われないし、失敗するし、辛いし、後悔するものである。(P226) 自分が解きたい謎を探すことは、誰かのつくった謎を解くことよりもずっと時間がかかる。おすすめされない欲望は、見つけるまで時間がかかる。おすすめされた欲望のほうが、すぐ手に入る。でも、大切なことはたいてい、時間がかかる。(P227)
  • 2025年12月27日
    あした死ぬ幸福の王子
    ■全体的な感想 なんというか、理解出来る所もあればできない所もあった、、 私や他者はかけがえのない存在ということとか、死の先駆的覚悟?がいまいちしっくりきてない、、 他人との関わりを増やして、もっと他人の声を聞くことから始めてみようかなと思った。 あと負い目から目を背けずに向き合おうとも思う。 幸福の王子は老人の話を聞いてこう変わったのか!と、ストーリーにすごく納得がいくというか、元の童話のストーリーとハイデガーの哲学がすごくしっくりきて頭に入りやすかった。 ■印象に残ったフレーズ 万能感あふれる存在だ。だが、そんな彼も、しだいにその万能感を失う。なぜなら、自分と同様に「他者もまた、自 分を道具として見ている」ことに気がつくからだ。こうして彼は、自分が中心であるという感覚を失い、いつしか道具体系の中に自分の存在を位置づけるようになる。 靴屋、仕立て屋、教師、父親、母親様々な社会的役割を引き受ける、もしくは引き受けられないことにみじめさを感じたりするわけだが、いやいや、そもそもそうした自己の道具化が倒錯した勘違いなのだ。なぜなら、現存在はスプーンやフォークなどの道具的存在ではないからだ!(P95)
  • 2025年12月27日
    半うつ 憂鬱以上、うつ未満
    半うつっていう言葉を手軽に使える社会になるといいよね。 心が弱ってる時にもう一回読みたい。
  • 2025年12月27日
    時をかけるゆとり
    朝井リョウ、瞬間瞬間をすごく面白く表現するよな。 さすが小説家って感じ。感度と表現力が違う。 くだらないけどおもろい。スラスラと読めた。
  • 2025年12月27日
    生殖記
    生殖記
    尚成が未来に希望を持ててよかった。 異性愛個体から特権意識が引き剥がされる未来に尚成の幸福があるとはね。 私は幸福度が共同体に依ってて、そんな自分の幸福の物差しが嫌だなと思ってしまってるから、私も共同体への貢献度合いに依存しない幸福を見つけたいと思った。それがなんなのかはわからないけど。
  • 2025年10月25日
    夜と霧
    夜と霧
    ■感想 P156で、収容所を開放されたけど家族に会える!と思って会いに行ったら家族が死んでた、みたいな状況の人もいる中で、その絶望を感じた人達は絶対自殺するだろって私なら思うんだけど、そういう状況になったらどうやって自殺せずに留まれるんだろうって思った。それが知りたかったのに肝心の乗り越え方は書いてなかった。耐えろってことなんかな。 ■心に残ったフレーズ 具体的な運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみを責務と、たった一度だけ課される責務としなければならないだろう。(P131) だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。だれもその人の身代りになって苦しみをとことん苦しむことはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引きうけることに、ふたつとないなにかをなしとげるたった一度の可能性はあるのだ。(P131) 自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。(P134) 強制収容所の人間を精神的にしっかりさせるためには、未来の目的を見つめさせること、つまり、人生が自分を待っている、だれかが自分を待っていると、つねに思い出させることが重要だった。(P155) わたしたちを支え、わたしたちの苦悩と犠牲と死に意味をあたえることができるのは、幸せではなかった。(P156) 収容所で体験したすべてがただの悪夢以上のなにかだと思える日も、いつかは訪れるのだろう。ふるさとにもどった人びとのすべての経験は、あれほど苦悩したあとでは、もはやこの世には神よりほかに恐れるものはないという、高い代償であがなった感慨によって完成するのだ。(P156-157)
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