
くりーむ
@cream
2026年1月12日

読み終わった
一点だけ、疑問を述べます:
著者は、えっちさにおける、「距離が、根本的に埋められないことも経験する」ということについて、しかしこれは、哀しみであると同時に「知る喜び」を併せ持つのだ、と論じています。
それは確かにそうだとおもう。
著者はさらに展開して、「謎めき」をもつということが一種の徳なのではないか、というところに至ります。
たしかにこれも、説得力がある。
一方で、これらの判断を根本的に支えているのは、何かを知るということを至上の喜びとする感性なのではないか、という気もしてしまいます。つまり、謎めくということが、或いは距離が埋められないという経験がもつ喜びは、実は一般には、限定的である可能性があるのではないか、とおもっています。
この疑問は、近年の(ひょっとしたら伝統的な?)反啓蒙的な言説をみていると、真実であるということは(そして、何かを知るということは)、それほど価値あるものとしてみられていないんじゃないか、という気がしてくる、という経験に根ざしています。どうなんでしょう。
