
ジクロロ
@jirowcrew
2026年1月14日
シモーヌ・ヴェイユ
冨原眞弓
読んでる
さまざまな集団の帰属意識と権利主張が交錯する社会は、プラトンが『国家』で詳細に描いてみせた陰鬱な「洞窟」である。
そこでは壁に映る影像のようにすべてが平面的で、三次元の特性である関係性が致命的に欠けている。
「関係性は孤独な精神に属する。いかなる群集も関係性を構想できない」(C2II 234)。
二次元的な「洞窟」を抜けだすには、副次の関係性を構想しうる孤独な精神が必要である。
この確信が、ヴェイユをしてカトリック教会の敷居上にとどまらせ、スピノザをして生まれ育った共同体からの破門宣告をうけいれさせた。
孤独な思索家であったスピノザとヴェイユは数学的思考を愛した。社会的なものが鼓舞する情念の呪縛を逃れて、表象不可能なものについて推論する数学とは、すぐれて関係性を探究する学問である。
だからこそ政治的な射程をもつ。ヴエイユの思索はつねに数学と政治を両軸として深まっていくのである。
(p.216)
すべてがべったりと重なり合う、一共同体の二次元的解釈から脱するために、その洞窟、その平面的世界から、一つ上の次元に飛び出し、三次元的な解釈を実現すること。
そこにどこかイカロス的なものを感じる。立体的な解釈を実現させるための孤独な飛躍は、攻撃の対象となりやすい。そして平面にとどまる者は誰も助けてくれない。そしてその偉業は、誰にも気づかれぬままになされる場合が多い。
混沌とした現実世界(政治的)であるからこそ、時に数学的な、幾何学的な抽象性が必要となる。ヴェイユは自ら共同体から距離を取り、諸々の重なり合う事象を紐解き力を得るべくして、マルセイユからニューヨークへと飛び立つ。それは共同体からの水平方向への逃避ではなく、自らの使命感に準じた垂直方向の飛翔であったように思える。
彼女の為したことすべてが文字通り異次元であるように思える。

