deepend "朝のあかり" 2026年1月14日

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2026年1月14日
朝のあかり
朝のあかり
石垣りん
14歳から定年まで働き通し、病気の父や弟、継母の生活を背負いながら試作にも励んだ石垣りん。 昭和の生活の明るさや遣る瀬なさの描写の合間に、彼女の自省に関する記載が繰り返し出てくるところも好きだった。 出征する彼女の弟に叔母が「おまえ、決死隊は前へ出ろ、と言われて、はい、なんて、まっ先に出るのではないど」と言ったことの驚きを後年振り返った際の記述。 “私が聞き捨てたはずのことばを耳が大切にしまっていて、今日でも、何かの暗示のようにとり出して見せるのは、それが、ほんとのひびきをもっていたからだと思われます” “私は、権力とか常識のとりこになり、そういう真実の言葉を、いつも勝ち得ないで生きているのではないのか?と時々心配いたします” (p.222) “終戦を境にして、すっかり目をさましたように思ったのも、アテにはならないようです。現在、違った状況のもとで、私はやはり、同じように愚かだろう、と思うからです。” (p.223) 残念ながら私は詩を理解する感性がないのだけど、この本に収録された詩のなかでは原爆被災写真によせて書かれた「挨拶」が響くものがあった。
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