朝のあかり
79件の記録
deepend@deepend2026年1月14日読み終わったかつて読んだ14歳から定年まで働き通し、病気の父や弟、継母の生活を背負いながら試作にも励んだ石垣りん。 昭和の生活の明るさや遣る瀬なさの描写の合間に、彼女の自省に関する記載が繰り返し出てくるところも好きだった。 出征する彼女の弟に叔母が「おまえ、決死隊は前へ出ろ、と言われて、はい、なんて、まっ先に出るのではないど」と言ったことの驚きを後年振り返った際の記述。 “私が聞き捨てたはずのことばを耳が大切にしまっていて、今日でも、何かの暗示のようにとり出して見せるのは、それが、ほんとのひびきをもっていたからだと思われます” “私は、権力とか常識のとりこになり、そういう真実の言葉を、いつも勝ち得ないで生きているのではないのか?と時々心配いたします” (p.222) “終戦を境にして、すっかり目をさましたように思ったのも、アテにはならないようです。現在、違った状況のもとで、私はやはり、同じように愚かだろう、と思うからです。” (p.223) 残念ながら私は詩を理解する感性がないのだけど、この本に収録された詩のなかでは原爆被災写真によせて書かれた「挨拶」が響くものがあった。


deepend@deepend2025年12月20日読み始めた戦前・戦中・戦後の昭和を"オールドミス"で"職業婦人(そして詩人)"として生きた石垣りんのエッセイ集。 現代日本の労働環境や生活環境と当時を単純に比較することは出来ないけど、いま将来への不安を抱えながら労働生活を送っている自分にも響く言葉ばかり。 "戦後、私を大切にしてくれた祖父が亡くなる前、年をとったひとりの女が生きてゆくことをどのように案じるか、たずねました。「お嫁にも行かないで、この先、私がやってゆけると思う?」「ゆけると思うよ」「私は、私で終わらせようと思っているのだけれど」「ああいいだろうよ、人間、そうしあわせなものでもなかった」" (p.74)




- まつり@matsuri2025年9月27日読み終わった石垣りん 朝のあかり 石垣りんのエッセイを初めて読んだ。 詩しか読んだことがなかった。 石垣りんの強さと、文章を書く覚悟にとても憧れを抱いた。 今までの人生の中で"憧れ"が分からなかった。誰に憧れるか?という話になった時に、いつも答えられなかった。 それは自分のなりたい人物像が見えていないみたいで、とても出遅れていて、不安定なことのように思えていた。最近ではそんなことも、ぼんやりアバウトに捉えていたのだけれど、"憧れ"とはこういうことなのかもしれないという感情を覚えた。 私は石垣りんにはなれない。 この本を読んでそう思った。そう思ったけれど、それと同じくらいに今まで以上の憧れを抱いた。 石垣りんの視座。 ただの諦めが故の客観性だけじゃない、自分の目で見て、感じて、思い出して、立っているだけでなく、腰掛けたり、仰向けになったりしている気がした。石垣りんのような文章が書けるか分からないけど、自分の言葉がほしいと思った。
DN/HP@DN_HP2025年7月31日とても“綺麗”な文章を読むと、この文章を書いた人は、人生も“綺麗”だった、そう生きようとしていたのだな、などとそんなことを思って、背筋が伸びる。 そういえば何年か前、母親に彼女の詩集を贈ったことがあった。あのときは何を考えてそうしたのだっけ、何も考えていなかった気もする。この本も母親に手渡せることが出来れば良いな、と思った。





しのぶ@rum_raisin2025年6月3日読み始めた@ 自宅「石垣りんの手帳」を読んでてもっと人となりを知りたくなって買ったエッセイだけど、戦前から銀行で働く女性、いわゆるBGのリアルが読めてしまう
Aruiwa@atodeyomu2025年3月7日読んでる「よい顔と幸福」というエッセイがグッとくる。会社や社会や時代が、女性である私が必然的に重ねられるようにして綴られる。そこに書き手としての倫理がある。最近はそういうものに惹かれがちな気がする。












































