
中根龍一郎
@ryo_nakane
2026年1月14日
虚弱に生きる
絶対に終電を逃さない女
読み終わった
あの人は健康だ、というときイメージするのは、肉体に不調がない人だ。でもあの人は不健康だ、という言葉で思い浮かべるのは、体に悪い暮らしをしている人だろう。健康は肉体の状態を形容しようとするが、不健康は生き方を形容しようとする。すこし言い方を変えると、言葉が喚起するイメージのうえでは、健康は所与のもので不健康は選択的なものだ。
虚弱エッセイという言葉からはなにかができないことについての本だと思っていた。そういう部分もある。体が弱いのでこれができない、これを諦める、という話もある。でもその一方で、『虚弱に生きる』の「に生きる」の部分に意外と力点がある。虚弱な肉体があって、その肉体によってどう生きるか、その所与をどう活用して(あるいは休ませて)人生を越えていくか。つまり、虚弱な者は何ができないかではなく、虚弱な者は何ならできるか。それは意外と、虚弱でないにせよ万能ではない多くの人にとっても身近なことである気がする。自分の不可能性と対話することによって、自分の欲望や人生をある規範、あるノーマリティから脱線させること。そうして自分なりの線路を敷設すること。それによって、不健康を選ばず、健康であることを選ぶという生き方が導かれ、健康は所与のものから選択的なものに変化していく。もちろんそれは、一般的な、あるいは理想化された〈健康〉とは程遠いものなのなのだけど……。
「愛よりも健康が欲しい」の章はとてもよかった。パーソナルな愛によって個々人が救われる物語はつまるところ愛や法律婚という伝統文化による囲い込みで、それは人生の選択肢でこそあれ目的地ではない。そうした囲い込みへの素朴な抵抗感を坦々と分析していく筆致は冴えていて、あきらかにほかのパートより切れ味が鋭い。エッセイを読むたのしみのひとつは、そういう冴え渡る箇所に出会うことにある。



