綾鷹
@ayataka
2026年1月15日
私たちのテラスで、終わりを迎えようとする世界に乾杯
すんみ,
チョン・セラン
希望を持てない世界の中で、自分の小さな幸せために、世界が少しでもよくなるために、希望を捨てない。そんなたくさんの物語が集まった短編集。
「そして、バトンは渡された」がからっと明るい話だったから、その後に読んだことで「全体的に暗いな、、」というのが第一印象。今の時代にすごくあった内容だと思う。
「努力すれば報われる」みたいなことを上の世代は未だに言うし、下の世代の反応を物足りなく感じてるようだけど、下の世代は冷静に世界を見てるだけなんだろうな。その上で何が自分にとっての幸せか考えている。
明るい未来が見えない世界で、でもささやかな希望を失わずに生きる人たちが世界中にたくさんいることを感じられる本だった。
◾️十時、コーヒーと私たちのチャンス
「どう?」
「味は妙に普通だけど、すごく芳醇な香りがする。これってなんのコーヒー?」「実験室で栽培したものなんだって。農薬も使わないし、栽培に必要な水も少ないって。世界中にいるバリスタにテイスティングしてほしいとサンプルを送ってるみたい。どう評価すればいいと思う?おいしい豆をてきとうに混ぜ合わせてるような味って感じではあるよね・・・・・・」
カウルさんが使うコーヒー豆はフェアトレードで輸入したものだけれど、それでもいつも後ろめたい気がしている。コーヒーが熱帯雨林を破壊し、環境を汚して、現地の人々はコーヒーを栽培するために食料主権を深刻なまでに侵害されている。
「・・・・・・大げさに褒めちゃおうよ。ほんのちょっとだけね」私は言った。ちょっとだけ大げさにめて、まだ中途半端な魅力の豆にチャンスを与えよう。もっと改善できるチャンスを。
「やっぱ、それがいいよね?」
カウルさんが頷きながら同意した。私たちは額を寄せて程よいほめ言葉を紙に書き始めた。ふとスマホの画面を覗くと、十時ぴったりだった。
◾️スイッチ
「オンニはいつも本当に大事な話だけをされてるんですよね。それが面接では不利になるかもしれないけれど、何重ものフィルターで濾されて出てくる言葉が好きなんです。私にはできないことなので」
アラはハンピッを見ながら、いまどんな気持ちかとは関係なく、おそらくずっと友だちでいることはできないだろうという甘ったるくて悲しい思いに耽った。これまでも講習会が終わってからプライベートでも親しくできたケースはあまりなかったし、はっきり言ってハンピッには友だちがたくさんいるだろうから。私たちは外の世界へと散っていくのだろう。それでもハンピッと交わしたさっきの会話は、しばしば思い出すような気がして、アラは笑みを浮かべた。
自分の話す番になり、プレゼントしてもらったスイッチをオンにした。
◾️アラの傘
無限に成長しつづける時代が終わってしまったことだけは、ハッキリとわかる。
何もかもこのままは続かないだろう。上の世代が誤解しているように、なんとなく敗北主義に陥っているわけではない。ただ事実が指し示しているところを淡々と見つめているだけ。騙されないようにと。騙してこようとするすべての試みを阿呆らしいと思いながら。この小さな惑星で何かが無限に成長すると主張していたなんて。
そんなことを昔はよくも信じられたと思う。二十世紀の勢いよく無責任なスローガンが力を失いつつある頃に生まれてしまったのを、こちらにどうしろというのだろう。騙されにくい世代に属しているという自負だけはある。もう我慢をしなくなった世代に属しているという自負も。
疲労困憊した。歳にそぐわない疲労感のせいで、若者が老いぼれていく。変わらない世界、分かち合わない世界、過酷なほうへと悪化してしまう世界で、老化は加速される。なんとかの支援金を受け取るために、義務で受けなければならない授業で心理テストを受けたら、退職者レベルの心理状態だという結果が出て噴き出してしまった。人生の質を最も優先しているという結果に、まだそうなるには早すぎると講師に突っ込まれた。人生の質を犠牲にして得るものがなければ、自分を燃料がわりにして燃やそうと思えないだろう。いい時代を送ることができた人間にしか通用しない言葉だろう。
ミニマリズムとは、この時代にとっての実用主義で、見栄ではなく生存術だ。そのことが理解できる人と、一生理解できない人がいるだろう。それまでの搾取方法が通じなくなったことと、若い世代が別の方向へ向かうのが気にくわない後者の人たちが、足を踏み鳴らしているのに目を向けつつ、アラとアラの友だちは怒りながらも笑うだろう。
◾️ヒョンジョン
足元で子どもの頃に縮約版で読んだ『海底二万里』が見つかった。この間読んで印象に残っている『すべての見えない光』の主人公、マリー"ロールが点字で読んでいた本だ。本と本がつながるのはいつも不思議でならない。そのネットワークを探検しながら十分な人生を送りたかった。
好きな気持ちで、好きだから焦る気持ちで、ずっと待っていた。それがヒョンジョンの仕事だった。待つこと。次の本を、その次の本を。新しい作家に出会うために冒険しては失敗することをくり返しながら。平均寿命で計算すれば、あと何冊読めるのだろうと考えながら。ジョージ・R・R・マーティンは、読書家は死ぬまでに千回の人生を生きると言っていたことが、いまさら慰めになる。今日死んだとしても、私は千回の人生を生きていたことになるから。
本棚が完全に倒れはしないかとドキドキしながらも、遠くに手を伸ばした。すぐ後ろの本棚は、児童書のコーナーのようだ。ヒョンジョンは嬉々としてロアルド・ダール、アルキ・ゼイ、ルイス・サッカーの本を見つけた。ロアルド・ダールの本は『マチルダは小さな大天才』だった。改めて読んでも面白い。本の最後に、ロアルド・ダールがロ癖に言っていた言葉が記されている。「私は思う。親切こそが人間の持ちうる最高の資質だと。勇気や寛大やその他の何よりも。あなたが親切な人間なら、それで十分だ」。彼の本は親切な人をどれだけ多く生み出したのだろう。ヒョンジョンは涙を流しながら、死後の世界というものがあるなら、ロアルド・ダールが先に渡っている世界だろうと考える。
特別な人間ではなかったなあ、とヒョンジョンは夢うつつのなかでつぶやいた。
それでも心の内側は美しい文章で埋め尽くされている。本に線を引かず、折り目も付けなかったけれど、文章をありったけ吸収できた。それでよかったと自分を評価する。寒さに縮こまってひざを抱えている格好のまま、引用ノートになれそうな気がする。折れて、くっついているところまでの体表面積を計算したら、何ページ分のノートになるだろうか。後ろのページは白紙のままだろう。そんな突拍子のない想像をしながら、眠りにつく。眠ったら危険だとわかっているのに。
