蛸足配線
@nekoai30
2025年12月31日
無機的な恋人たち
濱野ちひろ
読み終わった
ドールとの恋は自分自身の断片との恋だろうか。人形を媒介として生じるそれが、生身の他人に焦がれる恋と一体どれほど異なるのか、考えれば考えるほどわからなくなる。ドールを人格のないただの「モノ」、単なるセックストイとしてのみ捉えるならばそのような混乱は起きないかもしれないが、本書で言及されている通り、人間に限りなく似せて精巧につくられた人形は、純粋なマテリアルとして扱われるには存在感が大き過ぎる。二階堂奥歯が『八本脚の蝶』で、「人間性」を「感情移入される能力であり感情移入する能力ではない」と定義していたことをふと思い出した。
息をするように自然に、生きた人間と惹かれあってやがて倦んだり、退けたり縋ったりした。求められ撥ねつけられ、ままならなさを抱えながらも確かに時間を重ねた。これらはすべて自分とは異なる他者の人格があってこそ得た経験だと信じている。しかし、人間を相手にした一連の恋愛的営みが、人形との恋よりも社会的に上位に置かれる理由など極めて曖昧なものではないかと、ドールを愛する人々の主張に触れ思わされる。生きた他人の体を透過して身勝手な夢に溺れていなかったとどうして言い切れるだろうか。多数派ゆえの鈍さと自己欺瞞を自分の中に見出し後ろめたく思う。



