
つばめ
@swallow3
2026年1月16日
さみしい夜にはペンを持て
ならの,
古賀史健
読み終わった
今年に入って10年日記を始めた。実は数年前にも同じものを買ってやってみてたけど、たしか数日で飽きて書かなくなってしまった。
その当時は日記はあったことを記録するだけで読み返すことは全く考えてなくて、そのうち意味を感じなくなってしまったんだと思う。
今は"自己理解のため"というねらいとそのために定期的に読み返してみようという、書き手と読者という2つの視点が持てているのが違うなと思う。
あと、10年後同じ日にあったことを読み返すのが楽しそうだなと思って始めてみた。未来の読者の自分が楽しめるようにこれからも頑張って書くのを続けていきたいと思う。
本の中にスローモーションの文章の話があったけど、自分が他の人の文章を読んでいておもしろいなって思うのは、まさにこのスローモーションの文章だなと思った。スローモーションな文章は、ある場面に対しての心情とか風景が丁寧に書かれていて場面が目に浮かぶなと思う。
一方で自分は早送りの文章であったことをつらつらと書くだけになっている。スローモーションで書くっていう視点は持っていきたい。
"あまり考えることをしないまま、なんとなく『いつものことば』や『よくあることば』を選んでるんじゃないかな?"
"文章を書くのが苦手なわけじゃない。ただ、ことばを決めるのが早すぎる。手っ取り早く、便利なことばで片づけている。ことばを探す面倒くささに、屈している。"
"考えることは答えを出そうとすること"
"『いまの自分にできること』を考えてようやく、悩みは解決に向かう"
"『読者がひとりもいない日記』なんてものがあったら、どうなると思う?…そうするとね、『わかってもらおう』としなくなるんだ"









