JUMPEI AMANO "分断八〇年 韓国民主主義と南..." 2026年1月18日

JUMPEI AMANO
JUMPEI AMANO
@Amanong2
2026年1月18日
分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界
第三章読み終わる。李承晩、朴正煕、全斗煥。光州民主化運動。たくさんの血が流れた歴史。 〈南北間の対話が独裁に行き着いたのは「敵対的共存」という南北分断の性格を何よりよく表している。権力者にとって、分断は打ち出の小槌のように権力を正当化する源泉となっていたのだ。〉(158頁) 〈為政者は戦争の記憶とセットの「分断」を持ち出すことで社会に緊張を高め、いつでも自らを正当化できる。〉(166頁) 権力者にとって都合の悪いおしゃべりを、仲間たちと続けていかなければならない...。 そのまま第四章も読み進める。1987年の民主化以降、ろうそく集会、朴槿惠退陣、文在寅政権の振り返り。 〈デモを通じ何度も繰り返された「これが国か」というスローガン。これには日本と異なる韓国市民の国家観がよく表れている。国は国民の生活に責任を持つ存在であり、それこそが国の存在意義であるということだ。〉(178頁) 今の日本は「国」の体をなしているかどうか...。 以下の言葉も重かった(引用はしないけど、同節に出てくる朝鮮戦争で家族親族を失った遺族たちの言葉もそれぞれに重い)。 〈いかに多くの人々が現代史で亡くなったか。日本と韓国の現代史の差は、端的に一九四五年以降に社会運動や民主化運動、戦争などで亡くなった人の数を比べるだけで明らかだ。その命の重みが現在をかたちづくっているのであり、その分だけ社会の葛藤の様相も複雑になるほかない。〉(201頁)
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