
DN/HP
@DN_HP
2026年1月19日

夕陽の河岸(新潮文庫)
安岡章太郎
「なつかしいという情緒の底には、諦念ないしは断念がある。つまり、過ぎ去った時間や歳月は二度とかえってくることはない、そういうところから、なつかしさが生れる——。」
安岡章太郎の「朝の散歩」はこの冒頭の一文から最高なのだ。この最高には、わたしもそんなこと考えてました、というおこがましい共感もあるのだけれど。そして、「なつかしいという情緒の底には、諦念ないし断念がある」故に哀しみもあるのだ、と考えている。あるいは、わたしの言葉で語るなら、「諦念ないし断念」を、それらを含んだ「哀しみ」と言い換えてみたい。追憶にはいつも哀しみがついてくる。

