夕陽の河岸(新潮文庫)

8件の記録
DN/HP@DN_HP2026年1月19日安岡章太郎が「朝の散歩」の途中で覗き込み魚を眺めていた多摩川から「支流の丸子川につながる暗渠の取水溝」に行ってみた。ああ、ここが、と少し感動した。彼が遭遇した茣蓙に正座している正体不明の女性たちには出会わなかったけれど、かわりに、というわけでもないけれど、近くの階段に川を向いて座って本を読んでいる男女2人組を見かけた。なんだかとても良いな、と思った。わたしも少し離れたところに座って、日が暮れきる前に少し読んだ。




DN/HP@DN_HP2026年1月19日「なつかしいという情緒の底には、諦念ないしは断念がある。つまり、過ぎ去った時間や歳月は二度とかえってくることはない、そういうところから、なつかしさが生れる——。」 安岡章太郎の「朝の散歩」はこの冒頭の一文から最高なのだ。この最高には、わたしもそんなこと考えてました、というおこがましい共感もあるのだけれど。そして、「なつかしいという情緒の底には、諦念ないし断念がある」故に哀しみもあるのだ、と考えている。あるいは、わたしの言葉で語るなら、「諦念ないし断念」を、それらを含んだ「哀しみ」と言い換えてみたい。追憶にはいつも哀しみがついてくる。

DN/HP@DN_HP2026年1月15日今日は昼の散歩とちょうど良い短編小説で心身を整えにかかった。安岡章太郎の『夕陽の河岸』に収められている文章は完全に安定している書き口なので、読んでいるうちに気持ちも落ち着いてくるような気がしている。さっき読んでいた「朝の散歩」はちょっと怖いんだけど。しかし完璧なちょうど良さをもった名文。読み終わった本と次に読みたい本の間にこの文庫から一編挟んで、一旦リセットするような読み方もしていたりする。今はL・A・モース『オールド・ディック』と横溝正史『八つ墓村』の間だったりする。









DN/HP@DN_HP2026年1月12日ここ文庫に収められているような「どれを小説に、どれを随筆に分けていいか、私自身、判断をつけかねている」ような文章を読んでいると、気持ちが落ち着いてくるような気がする。完璧に整っているけれど堅苦しくはない、最上級の丁度良さを感じている。一読して大好きになった「犬」という短編やいくつかの文章には哀しさをはじめとする感動があるけれど、それもじんわり沁みいってくる感じ。これは安岡章太郎さんがいうところの「文章のうま味」ということか。そうだとするならここにある文章はわたしには落ち着く「味」ということだろう。そんな文章が収められた本を何冊か持って、いつでも読めるようにしておきたいものです。

DN/HP@DN_HP2025年12月11日午後の散歩をしながら少しずつ収録作の「朝の散歩」を読んでいたら、作中とわりと近いところを歩いていたし、さっきわたしが渡った川は安岡が川原を犬と歩いた川だった。この偶然。少し特別な気持ちになる。そして小説もとても良かった。なんてことのない、とも言える老年の日常と思索。渓谷と河原、犬との散歩。それを綴る文章の素晴らしさ。何に、とははっきりと言葉に出来ないような感動があった。その感動と偶然を噛み締めながら夕陽が沈みかけた川沿いの道を歩いて帰える。それもまた特別な時間だった、ような気がしている。






DN/HP@DN_HP2025年12月11日「ここに収めたのは、六編の短編小説と四編の随筆(小品文)である。しかし、これらの文章の中でも、どれを小説に、どれを随筆に分けていいか、私自身、判断をつけかねている。 小説として読めば読めないこともないが、作者個人の思い出、ないしは雑感として読んで貰っても結構である。 勿論、こういう結果になったのは主として私の物臭のためである。しかし文学を、いちいち小説とか随筆とかに分類することにどれほどの意義があるか、そういう疑念が私の中で年毎に強くなっていることも、またたしかである。」 「結局、私にとって文学とは、小説であれ随筆であれ、いかなる奇想天外の構想よりも、文章のうま味に在るものと思われる。」 「あとがき」より

DN/HP@DN_HP2025年12月7日買った少し読んだ古本@ ゆうらん古書店一緒に買った『歴史への感情旅行』に収録されていた、15年連れ添った紀州犬についてのエッセイ「コンタに学ぶ」を読んだあと、この本に移って「犬」というズバリなタイトルの一編を読む。こちらもとても良かった。 病により犬と暮らすことを諦めた日々で思い出す、戦時中、徴兵を数ヶ月後に控えた日の深夜、渋谷で唐突に出会う真っ黒なシェパード。彼と連れ立って歩いた数十分。改めて湧き上がる犬への思い。ああ。 わたしも幼い頃に一緒に暮らしていた茶色いダックスフントのことを思い出す。ある日の彼と散歩した数十分のことは何故かよく覚えている。今日この本を買うために歩いた道のりも犬と、出来ることなら彼と一緒だったら、と想像している。少し泣いてしまうかもしれない。




