
米谷隆佑
@yoneryu_
2026年1月20日
コンビニ人間
村田沙耶香
読み終わった
途中で、嘔気を催した。
本当にこんな人間がいるのなら主人公 古倉は「普通」という無理難題を問いに立て続ける機械のようだが、いわゆる「サイコパス」の様相を呈し、「哲学ゾンビ」のように外からの判別は困難を極める者でもある。それ故に本作は一人称で語り続けることでようやく理解が進む。が、「普通」ではない言動に始終不穏な空気が付きまとい、読んでいて不快になる。つまり、本作は「快適な文学」なのだ。
古倉の思想は、まさに動的平衡状態だった。コンビニの商品の新陳代謝による定常状態を理想とし、言葉遣いも人間関係もファッションも、何もかもが今を最適化する素材にすぎず、コンビニで振る舞うための話し方は真似をし、親友でさえ名前はカタカタと化して実名を忘れかけ新しいものを取り入れようとしている。
動物として自然な新陳代謝。しかし、合理さに欠けた基準の中で、何かを獲得しながら、過去のことを心太のように押し出して消してしまう。外部からの不快な圧力に応じるために己の解体と再構築を行う所業の数々は尋常ではない。読みながら感じていた不快感の正体は、まさにその状態だった。
本作の本質は、白羽を分析する古倉の言葉にあるように思える。人間は二種類しかいない。白羽は後者だった。借りてきた言葉を使うだけの人間——。
私とは何なのか、私の言葉は誰のものか。ひっそりと「普通」を探しながら、現代哲学の森に誘われる凄まじさがある。今次、鷲田清一が提唱した《所有論》にも手が届きうる、《個人》の根底を揺るがす哲学的な一作だと思った。





