きなこ "地球の果ての温室で" 2026年1月19日

きなこ
きなこ
@kinako2025
2026年1月19日
地球の果ての温室で
地球の果ての温室で
カシワイ,
カン・バンファ,
キム・チョヨプ
最近キム・チョヨプさんのエッセイを読んで、この小説も読みたくなった。その結果は......。 大正解! 彼女の作品はどれも好きで、特にデビュー作の『わたしたちが光の速さで進めないのなら』が一番推しだったのだけれど、それを超えた。 いつも通りの科学的要素が満載の作品だけれど、その中を漂う人間くささというか、登場人物たちの関係性が切ない。 サイボーグと人間とのシスターフッドの関係や、地球の滅亡の前に尽力した名もなき人たちの努力とか、作者が思っていることが豪速球で伝わってきて胸が震えた。 レイチェルからアヨンに宛てたメールにそれが凝縮されている。 p356 「人類はこれまで、どれほど人間中心の歴史ばかりつづってきたのでしょうか。植物に対する認知バイアスは、動物としての人間に備わった久しい習性です。わたしたちは動物を過大評価し、植物を過小評価します。(中略)わたしたちはピラミッド型の生物観にしばられています。植物と微生物、昆虫はピラミッドの下部に過ぎず、人間以外の動物がその上、人間はピラミッドの頂点にいると考えます。完全に間逆にとらえているわけです。人間をはじめ、動物は植物がなければ生きていけませんが、植物は動物なくしていくらでも繁栄させられるのですから。地球という生態において、人間はつかの間の招待客にすぎません。それも、いつでも追い出されうる危うい立場にあります。(後略)」 近未来にダストという殺人霧が発生した時、人々がとった選択は、ドームに篭るということだったが、そこに入るためには、社会的弱者を切り捨てることが当然という社会だった。 ダスト発生原因を作った研究所は知らぬ顔をし、いよいよ人類滅亡か?の瀬戸際にようやく重い腰を上げる。 結果再建した世界では、それらの人々が英雄に祭り上げられているが本当にそうだろうか?いつの世も英雄の名前だけが歴史に残るが、本当は名もなき市井の人々の弛まない努力があったからではないか? これは小説の中だけでなく、現実社会でも当たり前にある事実。 何が真実か?事実から導かれる真実を見極める眼を養っていきたい。
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