
ジクロロ
@jirowcrew
2026年1月20日
ドン・キホーテ 後篇3
セルバンテス,M.de,
牛島信明
ちょっと開いた
「要するに、わしは無謀な戦いを挑み、
できるだけのことはしたが、打ち倒されたのじゃ。
しかしこうして名誉は失ったものの、
とりかわした約束は守るという美徳を
失いはしなかったし、失えるものでもない。
わしが勇猛果敢な遍歴の騎士であったときには、
わしの腕とその働きが
わしの武勲を保証してくれたが、
しがない従士の身分になりさがった今となっては、
人と交わした約束だけはきちんと守って、
わしの言葉に借用と箔をつけたいのじゃ。
さあ、友のサンチョよ、歩を進めるのじゃ。
そして、わしらの村に帰って見習い修道士のような
一年を過すことにしようぞ。
その隠棲のあいだに新たな英気を養い、
瞬時もわしの頭を離れることのない
騎士道の実践に、ふたたび立ち戻るためにじゃ。」
(66章 p.298)
ドン・キホーテは、実際には「名誉」を失っていない。それは狂気により飾られた「傷心」のようなものだったのではないか。
しかし、その「名誉」に対する注意力には目を見張るものがある。その注意力こそが、ドン・キホーテの魅力ではないか。
「狂人」とは外から与えられる称号に過ぎない。
「勇猛果敢な遍歴の騎士」、別名「狂人」。
注意力、純度の高さというものは、その憧れの対象が何であれ、清らかなもののように思える。