メルキー "センスの哲学" 2026年1月21日

メルキー
@dogandbook
2026年1月21日
センスの哲学
センスの哲学
千葉雅也
ちょっと、面白すぎた。 早くも2026年、読んでよかった入りを果たした。 --- 「地頭」「センス」などの、努力ではどうしようもない部分を指している排他的に聞こえる言葉を警戒している著者。 センス、教養など、SNSで気軽に使われる言葉。そういった言葉を、丁寧に噛み砕いていってくれる。 リズムという視点を持ってみると、日常のあるゆる場面に発見できる。 ・ずーっと長時間読書をぶっ通しでやるのではなく、間に洗い物や洗濯などの家事を挟む ・毎朝食べるもの、やることが決まっているいわゆるルーティンが続くとそれを壊したくなる(別の刺激がほしいくなる) はじめに ・「人をより自由にしてくれるようなセンスを、楽しみながら育てることが可能である」という言葉から、これから読むことは信頼できるなと思えた。 本来自分を自由にするために読書をしたり知識を得たりするものであって、知識の有無や読書量などで他人をジャッジするためのものではないという姿勢に立ち返らせてくれる。自分が持つもので他人をジャッジしようとした瞬間、自分自身が不自由になっているということは忘れずにいたい。 第一章 ・センスが悪い=不十分な再現性。再現しようとして足りていないからセンスの悪さになってしまうが、上手く再現しようとすることをやめて自分基準にシフトすればそもそもの土俵が変わる。 ・センスがない、ではなく、センスに無自覚、という表現。再現志向から降りることでセンスに自覚的になれる。  第三章 ・物語におけるサスペンス=意図的に作られたストレス ・コーヒーをハンドドリップで入れること=コーヒーを淹れる時間をサスペンスにしている、のエピソードがとても面白かった。目的達成を遅延して、その途中を楽しんでいること。 第四章 ・「日常のささいなことを、ただ言葉にするが、芸術制作の始まり」 エッセイってまさに日常のリズムをよく観察しないと書けないものだよな。 第五章 ・パターン認識が生活の安定性を支えている。予測誤差=外れも、よくある「外れパターン」として処理すれば、そんなにショックを受けないで済む。 ・習慣と、リズムの遊び(外れの経験)。遊び=不確定性への対処←ひまりんでも述べられていたような 第六章 ・何かをやるときには、実力がまだ足りないことに注目するのではなく、手持ちの技術と偶然性で何ができるかと考える。規範通りのレベルの高さに執着すると有限な人生が終わってしまう。人生の途中において、不完全な技術と偶然性が合わさって生じるものを、自分にできるものとして信じる。 第七章 ・不安を解消するにはまず行動する(森田療法)は、意味からリズムへの移行にもなる。 第八章 ・オリジナリティとは、その人がどのように典型的なものと関係を持ち、また距離をとってきたか。 ・バランスがとれた良い人というだけでは魅力に欠ける。欠陥や破綻がある人にこそ惹きつけられる。←昔から思っていた、悲しさや寂しさを内包している人に惹かれるのはこういうことだったのかも おわりに ・精神的にしっかりするとは、根拠づけられた思考ができるようになると共に、ものごとに対し、良かれ悪しかれ鈍感になるイコール慣れること。世界には複数の人間がいて、全員が納得する解はありえないということがわかると、精神も耐性を持つようになる。
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