みっつー "動物化するポストモダン オタ..." 2026年1月26日

みっつー
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@32CH_books
2026年1月26日
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会
推し活文化はどこへ向かって行くのだろうか。 と、書くと壮大なで、論文的な何かしらが始まってしまいそうだし、そもそも自分にそんな大それたものは書けないので、あくまでもここ最近で気になったことを羅列していきたいと思う。特に特定の誰かを叩きたいとか、陥れたいという作為はないのと、自戒も込めて書いておりますので悪しからず。 ・自担を上げるために、他担を下げる。 これは自分の担当(自分が推しているタレント)の評価を上げるために、それに比較されるに相当される別のタレントを引き合いにして、そのタレントが自分の担当より部分的に劣っているということを指摘する行為。(Aと比べてBの方が劣っているというような発言) ・最近、グッズ化バブルじゃあないっすか…? まず最近のグッズってめちゃくちゃオシャレである。 平成中期のグッズがダサかったというわけではないけれど…ツアーTシャツは外着にするようなものではなかった。けれど、ここ最近はアイドルでもバンドでも、外出する際にも着ていけるアパレルグッズが多いし、種類も、Tシャツ、パーカー、スウェット、ジャージ、キャップ、バッグ、つなぎ、などなどと細分化されている。もはや服屋。 その他にもステッカーや、アクリルスタンド(アクスタ)、タレントたちが考えたオリジナルグッズ、などは消費者側が生産者側に望むようなグッズ展開も多く感じる。スマホの裏にステッカーを入れたい、アクスタやぬいぐるみと一緒にでかけたい、タレントたちが思いを込めて作ったグッズを手にしたい。そういった心理的な作用と、「グッズの売り上げが次の公演の規模に繋がる」といった考えが広がっている影響もあるのだと思う。 実際僕も推しの公演に行く時は2~30000円ほど使います。え?少ない?ちょっと待ってくれよ奥さん。 ・展示会も多過ぎないか…? 世は大展示会時代である。 ただ、天下を統一しようとしているというよりはそれぞれの島で、他の島と違った名産で勝負していっているような感覚に近い。 本屋に行ってダラダラと見て回っていると、とてつもなく惹かれるタイトルに出会うことがある。「今自分に足りないのってこれなのでは…?」と思いその本を購入したりする。なんか、その感じで展示会が乱立している。「これだけあれば誰かの心に刺さるでしょ」といった量の展示会が行われている。 原画展や、〇〇周年記念展、Xで話題になりそうな展示会、衣装展…やはり世は大展示会時代である。 この展示会でも、やたらとグッズ展開に力を入れているところが多い。グッズ販売がメインなのではないかというくらい展示スペースがあっという間に終わる展示会もある。僕も好きな漫画の展示会に行った時には展示を見ているよりもグッズを見ている時間の方が長かった。初日なのに売り切れもしていた。あばばばばば。あとブラインド商品がしんどい。あばばばばばばば。 さぁ、本日の読書感想文です。 東浩紀さんの『動物化するポストモダン』という本を読んだ。 批評の本というものを読んでみたくて、いろいろ動画を見ていたら『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』などの著作を出している三宅香帆さんがYouTubeでこの本を紹介していたため早速購入(続刊の『ゲーム的リアリズムの誕生もかったお♡』)。 まぁさすがにおれには難しかったです。 と!はいえ! 前半のような文章を書きたくなってしまうくらいには影響を受けた!というのは!なんか!読んでる人に伝わって欲しい! これが批評というものなのか、というところを飲み込むまでに時間がかかったとはいえ、本の内容がオタクについて、ギャルゲーについて、アニメについて、と僕にとってとっつきやすいものばかりで、色々自分の経験と照らし合わせながら一気に読んでしまった。 この本自体は2001年に出版されたものなので、現在からまたオタク様式的なものは変わっているところもあるかもしれないし、「萌え」という言葉はほとんど使われなくなり「推し」という言葉に差し代わった。 この「萌え」から「推し」はかなり大きな変化だと思っていて、つまりそれだけオタク的な行動、消費活動が狭い範囲から広い範囲に広がっていったのだなぁと改めて感じさせられた。 今は界隈が違えど、アニメも、アイドルも、ゲームも、それぞれに強火のオタクがいて、それぞれがまぁまぁ面倒くさい大人になっている(もちろん僕自身含めて)。 ネットを見ていると、より消費者という意識が強くなっているような気がしている。僕は紳士なのでそんな過激なね、思想はないですよ。もうちょっとだけチケ代とチケット発券のシステム使用料の値段下げてくんねぇかなぁって思ってくらいですよ(みんなが生きるために値段を上げているということはわかってるぜ…)。 当時のオタクたちは作品などを通して、物語の大枠で感動するというよりも、猫耳や、メイド服、変な語尾(にゅ、にゃ、など)の如何にもオタクらしい記号を読み取って、そこに萌えを見出していた、という部分も面白かった。 確かに少年時代の僕は『ハヤテのごとく!』という作品において、三千院ナギのツインテールや、釘宮理恵さんの声や、いっぱいお金を持っているところとか、切れ味の鋭いツッコミに惹かれていた部分は多分にしてあると思う。後半に関しては記号なのかなんなのかも分からないけれど。 ほぼほぼ初めての批評でしたが、めちゃくちゃ楽しかったです…! うおおおお…!もっと頭が良くなりたい! なんか自分が求めている、物事を語るための言葉というのが、この本にはあると、そんな思いが漠然とあった気がします。 もっとたくさんの本を通して、noteやReadsのような場所で、YouTubeのゲーム実況という場所で、自分の気持ちを伝えられるようになったらいいなぁ。 と、思いました。またね!
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