
ジクロロ
@jirowcrew
2026年1月26日

タクシードライバー日誌
梁石日
ちょっと開いた
十一月✕日
人間には告白したいという衝動があるらしい。数会の懺悔は、人間の告白衝動を神の名において神聖化するための儀式といえるだろう。一種のカタルシスだが、秘密や苦悩が深ければ深いほど、それから解放されたいという意思の働きによって、ときには異常な告白となる。
〈いまだから話せる〉とかへ〈いまだから話そう〉といった週刊誌の暴露記事もこの告白衝動の類である。また告白衝動は、今日の風俗である露出症候群と密接な関係にあると思う。あらゆる社会的事件には、この告白衝動と露出症が奇妙にからみ合っている。
タクシーは一種の密室であり、運転手と乗客の出会いは二度と邂逅することのない一過性である。したがって何を話しても実害がないという点で、タクシー運転手は恰好の話相手になるのだ。
(p.166)
ドストエフスキー『悪霊』、スタヴローギンのチーホンへの告白は「告白衝動」であると知る。
タクシー運転手と乗客。
どこへでも連れて行ける者と、行くべき場所がある者と。

