
ジクロロ
@jirowcrew
2026年1月27日
聞くこと、話すこと。
尹雄大
ちょっと開いた
共感や同意の取り付けという意図を伴った技巧的な話は、たとえその人の表している態度が真に迫ったものであっても、想起している過去の感情をなぞった"感情的"なものでしかなく、その人の今ここでの感情ではない。ドラマティックに見えて、何も出来事は起きていない。過去を反復する感情的な声には抑制の色合いが濃い。その人自身の声からは遠い。
(p.46)
「感情」が先(今ここにあるもの)にあり、「"感情的"なもの」とは後から言葉により創られたもの。
後者には物語という不純物が含まれている。
「技巧的」であるとは、「理解」が目的に据えられた際に発動する、ある意味で受動的な行為だとも言えそうな気がする。
「感情」こそが、純度100パーセントであり、今ここでは言葉になり得ない。
いつも、何かを伝えきれていままに、何かを語らなければならないのが常である。
だからこそ、読んでいて、
話の中身をあまり気にするな、
声にするだけで十分、と
著者から終始励まされているような気がする。
