プールに降る雨 "見知らぬ人を認識する" 2026年2月13日

見知らぬ人を認識する
見知らぬ人を認識する
イザベラ・ハンマード,
岡真理
この本は三つのパートに分けられる。パレスチナ戦闘員による越境奇襲攻撃とそれに続くイスラエルによるガザへのジェノサイド攻撃が始まる直前、2023年9月末にコロンビア大学で行われたエドワード・サイード記念講演での講演内容を元にした「見知らぬ人を認識する」、2024年1月にあとがきとして書かれた「ガザについて」、そして本書の半分近くを占める、訳者の岡真里による解説「ホロサイドに抗して」。 「見知らぬ人を認識する」は、要所要所でサイードの著書を引きつつ、アリストテレスの『詩学』に登場する〈アナグノリシス(認識)〉をキーワードに、西洋世界による中東・イスラーム世界に対する固定化された〈ナラティブ〉を転換し、自身の中に〈見知らぬ者(他者)〉を見出すことを提言して締めくくられる。 非人間化された敵も自分と同じ人間であると認識する、つまり他者の中に自らを見出して満足するのでなく、その場面における認識を逆転させること、すなわち自らの中に他者を見出すことによって、ホームにいて同質な者とともに安住することを禁じ、また異質な他者の排除に向かう態度を戒めることができる。それは、サイードが「ディアスポラ的で根ざすことのない存在」と表現したユダヤ的なあり方でもある。つねに「異郷の地」の「異邦人」として他者を忘れないこと。 以下、「見知らぬ人を認識する」からの引用。 “ブルガリアの作家、ゲオルギ・ゴスポディノフの二〇二〇年の小説『タイム・シェルター』において語り手は、歴史は事後的にしか歴史とならないことを指摘しています。第二次世界大戦の始まりについて語り手は次のように言います。「おそらく一九三九年に一九三九年は存在せず、人は頭痛と不安と恐怖を抱きながら目を覚ます。そんな朝が続いていただけなんだ」。”p.10 “スペインの作家、ハビエル・マリアスの小説『白い心臓』は、「知りたくなかったのに、知ってしまった」という言葉で始まります。この「知りたくなかった」には、自分はすでにそれを知っていたという認識が織り込まれています。認識することによって加速された方向転換は、知識の積み重ね、つまりこれまで見て見ぬ振りをしてきた知識の積み重ねがあってこそ初めて作動します。だからこそ、認識とはre-cognition ── 再 - 認すること、すなわち、アナ・グノリシス ── 再び知ることなのです。”p.27 “この本を書くことで私が学んだのは、文学におけるアナグノリシスが最も真実味を帯びるのは、それが救済的でないときだ、ということです。つまり、それが救いではなく、自身の限界や誤りとの不穏な遭遇として立ち現れるときです。これが、小説に私たちが期待できる最大のものだと思います。啓示でもなければ知の目覚めでもなく、むしろ知の限界が露わになることです。自分が何かについて誤っていたことに気づくというのは、世界の他者性が自分に向かって押し寄せて来る瞬間を経験することにほかなりません。それは、自らの中心から投げ出されるという経験です。”p.51 “このようにしてサイードは、私がこれまで述べてきた「認識」の場面を逆転させます。見知らぬ者を身内の者として認識し、物語を締めくくるのではなく、むしろ身内の者を見知らぬ者として認識するよう私たちを促すのです。人々が集団として群れるのを容易にする、固定されたアイデンティティという慰めの虚構を解体する道筋をサイードは指し示しています。”p.62
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