
ジクロロ
@jirowcrew
2026年1月28日

自己信頼
ラルフ・ウォルドー・エマソン,
伊東奈美子
読み終わった
その人は、私たちの愛を求めなかったがゆえに、私たちの愛を一身に集める。私たちの非難を無視し、わが道を行くがゆえに、私たちは必死になって、まるで詫びるかのように彼の機嫌をとり、誉めたたえる。
人間が彼を憎んだがゆえに、神々は彼を愛する。
……
人間の祈りが意志の病だとすれば、教義は知性の病である。
(p.79)
自分の欲望を「意志」という格好のつく言葉で表現していることがある。
このときの「祈り」とは、ただのあきらめの悪さ。
本当の祈りとは、そんな意志の尽きた先にある、
あきらめの清さである、とエマソンは言いたいのではないか。
求めないことにより求められるということ。
自由のもとにある知性を、鋳型に押し込めようとするものが教義、自由を恐れる知性は、熱病にでもかかったように教義を欲する。自身の知性が自然に振る舞うのを恐れるあまり。
人間が彼を憎むのは、彼の知性が自由に、自然のままに振る舞いすぎるから。
憎むという行為は、道徳や教義により抑圧を受けている者が本来欲している生き方を目の当たりにした際にあらわれる、「憧れ」の誤った表現である。
