
ジクロロ
@jirowcrew
2026年1月28日
聞くこと、話すこと。
尹雄大
ちょっと開いた
「手に入れることで失ってしまうもの」とは何か。話の方向性が絶えず「自分が望ましいと思うような理解を得られる関係性」への期待といったように、最初から決まっているとすれば、いつも「現状の自分を肯定される」という想像通りのことしか起きないわけだ。それを望んでいるのだから、願いはかなっている。
けれども、そうなると何も新しいことは起きないという失望を抱えることになる。「私のことをわかってほしい」という期待がかなうほど虚しさが生まれてしまう。失っているのは、未知であり可能性だ。
(p.42)
相手に謝って欲しいという思いから、相手の言動を責めることがある。そういったとき、相手が自分の言葉を真摯に受け止めて、素直に謝られると、妙に悲しくなることがある。
こんな経験のことを言ってくれているのかなと思う。
自分の想像通りのことしか起きないということは、すべてが自身の意のままになってしまうということ。そこに偶然も予想外もない、
つまり自身に向けられる外力が一切失われた状態。
つまらぬ人神がここに。
人間の成長は、偶然的な外力により傷ついたり変形した箇所を、自身の「個性」として堂々とさられるようになるための努力。
「わかってほしい」、でもわかってもらえない。
そのときに生じる断絶へと思考を働かせて、思考を働かせて、働かせて、思考の果てた箇所を踏切り線として目をつぶってジャンプ。これが手に入らなかったときに理想とする成れの果て。
自身の思考を疎ましく思い、それをことごとく潰していく先に、力の誇示、権力の行使の正当化がはたらくということ。醜き人神の降臨。

