
いっちー
@icchii317
2026年2月1日
ヤンキーと地元
打越正行
読み始めた
借りてきた
買いたい
最初にヤンキーと出会ったときの衝撃を忘れずに、真摯に向き合い始める頃を、日記を覗くような気持ちで追体験させてもらえるという。
とり急ぎ、冒頭と、あとがきを読んだけど、やっぱり参与観察って、とてもパワーのある手法だし、この本はとても面白い。
少し長くて申し訳ない気もするけれど、この箇所が、誠実で、そして参与観察にたどり着いた経緯を知れて、泣きそうになった。
「 私は一〇代の頃、教師になりたかった。大学へ進学したのも、そのためだった。大学校内の夜の駐車場で、不良少年達と朝まで飲み明かしたとき、初めて知ったことがある。それは、大学の高校も、彼らにとっては、一部の人間のためにつくられた場所で、しらけた出来レースが展開される場所でしかない、ということだった。そんなふうに学校を見たことがなかった私は、自分の無知を嫌というほど思い知らされた。私の両親は公務員で、私は何不自由なく生活できる環境に守られていた。だから私は、二十歳になるまで、学校がそのような場であることを知らないままだった。そのことが恥ずかしくてたまらなかった。
その後、私は大学院に進学した、学べば学ぶほど、何かを話したり書いたりすることが怖くなっていった。特に沖縄について議論をするとき、私の恐れは強まった。内地の恵まれた家庭に育った私が、自分の限られた経験や知識をもとに沖縄を語ったとき、なにか間違ったことを言ってしまったらどうしようと恐れた。「ないちゃー[本土の人]に、ボンボンになにがわかるのか」と自問自答し、ますます行き詰まっていった。
そうした時間が数年続くうち、わからないなら、わかる人に話を聞かなければなにも始まらない、と思うようになった。話を聞かせてもらうには、相手に失礼のないよう信頼関係を築かなくてはならない。そのための方法が、私にとっては参与観察だった。」
