勝村巌 "虚言の国 アメリカ・ファンタ..." 2026年2月1日

勝村巌
勝村巌
@katsumura
2026年2月1日
虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ
虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ
ティム・オブライエン,
村上春樹
アメリカの現代作家ティムオブライエンの約20年ぶりの長編小説。訳者はこれまでも日本で出版されたオブライエン作品を多く訳してきた村上春樹。600ページくらいある大長編だが、楽しく読めた。 『カチアートを追跡して』『本当の戦争の話をしよう』『ニュークリアエイジ』などの1970年代〜90年代に書かれた初期作品はいずれもベトナム戦争をテーマにした社会派な作品として評価が高く、訳書もしっかり出ているので、僕も読んだ。いずれもマジックリアリズム的な幻想的な部分はあるものの、戦争や核の問題に鋭く切り込んだ、大変に強い小説だったように記憶している。 血管か何かの病気があって、思うように執筆できないというようなことがあるらしいが、作家本人が「自分の最後の小説」として20年ぶりに上梓したのが本作品となる。 ストーリーは大変現代的で、最近のポールトーマスアンダーソン監督の『ワンバトルアフターアナザー』とかコーエン兄弟の映画なんかに通じる、現代風刺的な、クライムコメディ感があり、ナウい感じと思った。これまでのベトナムものとはだいぶ違う。映画のノベライズ、もしくはそのまま映画にできるような感じだった。 時は第1期トランプ政権の頃。フェイクニュースのでっちあげの発信者として過ごしていたボイドが、過去の精算もしくは復讐に乗り出すために銀行強盗を行い、そこの女性銀行員を誘拐して、復讐の旅に出るというのが発端。 誘拐した女性銀行員アンジーは熱心なペンテコステ派で、ボイドのファムファタールとなっていく。 その後、アンジーのフィアンセ、ボイドの元妻、そのセレブな親族、強盗された銀行の支配人などが入り乱れて、ガンガン人死などが出つつ、クライムコメディとして話がうねっていく、という流れ。 トランプ政権下のアメリカ、コロナ禍のアメリカがフェイクという切り口でまとめられており、真実や本質というものが全く意味のないものとして扱われていくのが特徴。 主人公のボイド自身がそもそも虚言癖の持ち主であり、それはある種の訂正可能性のような感じでも示されるのだが、さまざまな絶対的な事実が現実の中で捉えようによって変質していく。 虚言は過酷な現実を覆い隠すためのものとして描かれており、それぞれの登場人物はそういう側面である程度感情移入ができるように描かれてもいて、ボイドの虚言には過酷な過去の家族関係や息子の死などが関連しており、そこにある種の救いがある。そこらへんのストーリーの作り方は巧みだと思った。 最終的には血が繋がっている、いないに関わらず家族というものがテーマになっているようにも思った。家族からは逃れられないが、その関係を主体的に構築していくこともできる、ということも示されていると感じた。 父子の関係というのも一つの大きなテーマとなっており、高校生の子供がいる親としては感情移入して読めた。 600ページを超える大長編ですが、人物の動きはコーエン兄弟映画的なドタバタが続く感じで非常に映像的で、現代を移している鏡のような作品と思いました。 オブライエンさんは「これで最後の作品」宣言をされていますが、そんなこと言わず、もっと書いておくれよ、という気持ちになりました。 オススメです!
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