
reina
@dawn_39
2026年1月17日

死ぬまで生きる日記
土門蘭
読み終わった
読んだ後も、ふとした瞬間にこの本の中のフレーズを思い出している。いつもは読み終わった本は本棚にしまうけど、今回感じたことや気付いたことを忘れたくなくて、机の上に📚
こうして書くのは勇気が必要だったと思う、書いて、世の中に出してくれてありがとうございます、という気持ち。
---
・なぜ自分は毎日のように「死にたい」と思ってしまうんだろう、という問いは、裏を返せば、なぜ自分はそれでも生きているんだろう、という問いでもある
・私は考え続け、思い出し続け、決め続けていたかったのだと思う。自分が「死にたい」と思うことについて
・これまでは、他人に認められるよう努力することこそが「自分で自分を幸せにする」ことだった。居場所を作らなくてはいけない、認められたり好かれたりしなくてはいけない。そのためにたくさん努力をした。
だけどそれは「他人に幸せにしてもらう」ことでしかなかったのかもしれない
・「問題ってね、『解決しよう』と思わなかったら、問題じゃなくなるんですよ」
・「でも、『強くなろう』と思うのって、強くなれると信じているからだよね。それって、お母さんが蘭ちゃんを信じてくれていたからじゃないのかなぁ」
・「みんな、自分の穴を埋めたくて必死なんです」と言った。「その穴を埋めてくれる他人・・・つまり愛情を、必死で求めています。でもね、その穴にパズルのようにぴったりはまる愛情ってないんです。なぜなら、人と人は違うから。
(中略)
「自分の心の穴は、自分にしか埋めることはできません。その穴を埋めるには、まず形を確かめないといけないんです」
・「『過去』をもう一度違う視点から見て、違う解釈をすることはできます。その時、別の意味が『過去』に付与される。そうすると『現在』の解釈も少し変わるはずなんです」
・だからと言って、無理にこじつけをして、『良い過去だった』と思い込むのではありません。
『あの過去があったから今の自分があるのだ』と、減点ではなく加点方式で『過去』を捉え直すのはどうかな、ということです」
・「だから、あの時はあったけど今はもうないんだな、なんて悲しむことはないんですよ。その『過去』は、Rさんの一部になっているんですから」
・だから、本田さんを責めてはいけない。
でも、自分の中のこの感情をないことにするのも、同じくらいいけないことだと思った
・「『死にたい』と思うのは、なぜなんでしょうね?」発作の最中にその問いが浮かぶと、なんだか私は生きていける気がする。わかったようでまだわかり切っていない、曖昧で複雑な問いの続き。それに対する答えを探すことが、私の生きる意味になる
