やお "イン・ザ・メガチャーチ" 2026年2月8日

やお
やお
@yao_tao_
2026年2月8日
イン・ザ・メガチャーチ
朝井リョウ怖い。何もかもへの解像度が怖い。 "16 Personality"(※正式なMBTIではないらしい)を3回やると2回INFPの私。INFPとして描かれる澄香の生きづらさ、苦しみ、自分に嫌気がさす感じ、あまりに自分と重なって泣いてしまった。振られ方まで一緒やんけ。何なん。 朝井リョウの洞察力、構成力に圧倒される。世代・ジェンダー・立場の異なる3人の様々な生きづらさ、苦しみ。推し活ビジネスに巻き込まれ、あるいは救われ、あるいは狂わされる3人。推し活ビジネス≒ある種のメガチャーチマーケティングの構造を通じて現代日本を描き出す様は、それこそ「物語」の形式をとった社会学の人文書のような充実感があった。朝井リョウの目には何が見えていて、いったい何をインプットして何を考えて生きてるんや。怖い(褒めてる) 小説として、めちゃくちゃ巧みなのだが、テクニカル過ぎてちょっと食傷気味になる感はあったかもしれない。すごくおもしろかったけれども。 澄香が久保田(父親)と同じシナリオのテクニックを使い、「物語」を生み、利用したこと。2人の”すみちゃん”が各々視野を「拡げた」「狭めた」先で邂逅する前日、どちらのすみちゃんとも(あるいは両方とも)とれるコンビニバイトの描写。それまでも巧みポイントが盛りだくさんだったので、例えるならやたら音数の多いエレクトロJPOPに近い容量負荷があった。それでも、これだけの要素を組み込んで纏め切る構成力は圧巻。 テーマに関しても、いろんな視点が提示され、一つ一つには「わかる!!!」と首がもげるほど頷いたのだが(文芸評論家の三宅香帆氏がPodcastやYoutubeで放つ「わかる~~~!!!」が脳内再生されまくった)、途中までは一見詰め込み感があるようにも感じた。推し活ビジネスの構造と功罪以外に、陰謀論、MBTI、男性はお茶しない、雑談はケア、どれも超絶鋭い視点だが要素が多い。ただこれらは根源が繋がっている。すなわち、「現代社会の生きづらさ→何か寄る辺がほしい、信じるものが欲しい、我を忘れたい、誰かと繋がりたい欲求」である。 3人の主人公は、この欲求を満たすため、視野を拡げたり狭めたりする。この小説の「視野」の取り扱いだけで1本動画ができそう(だし、たぶん探したら何本もあるだろう)。 視野を拡げまくっていた菜々と対極的に、澄香は視野を狭める。一方隅川は視野を拡げる。二人のすみちゃんは視野の扱いは逆なのに、その結果二人とも我を忘れ、信じたいものに没頭し、別のコミュニティを得、元のコミュニティを失った。 久保田は、本質的であるために視野を拡げようとしてきたが、それでは「冷笑」「誰とも連帯できないほどこの世界から遠く離れる」と感じる。「"視野を拡げて考えてみると"という呪文を唱えさえすれば、その答えを永遠に反転させられる」 「つまり、どの角度から見ても間違いなく本質的に正しい答えなんてどこにもない。どこかで、"この視野で、ある程度の確率で、間違う"と覚悟を決めるしかないのだ」(370p )。覚悟を決めて行動した久保田の結末、そして想像の余地を残して終わったその先を思うと、「視野の取り扱いの正解とは・・・!?」って正解を欲しがっちゃうのだが、正解がないのだ。だから寄る辺がほしいのだ。 何なら終盤、視野拡げの鬼(?)だった国見も少し上記みたいなことを吐露している。社会に適応して時代を乗りこなしているけれど、彼もまたそれなりに虚しさを感じている。メガチャーチマーケティングを仕掛ける側が完全なるゲームマスターかというとそうではないのかも知れない。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved