るんば "正欲" 2026年1月26日

るんば
@hokechoco
2026年1月26日
正欲
正欲
朝井リョウ
■全体的な感想 朝井リョウはマイノリティで苦しむ人の心を、なぜこうも解像度高く言葉にできるんだろう。 やっぱりいつもの如くハッピーエンドにはならなかったけど、でもマイノリティが生き延びるためのヒントはたくさん散りばめられてた。 自分と同じ境遇の繋がりを作るとか、自分が一番誰かに晒したくない部分を共有している関係は強いとか、他にもたくさん。 実際性欲って、センシティブで、わかり合おうよとかいう理想論が一番当てはめにくくて、相手によっては触れられたくないことが一番関係してくるトピックだと思うんだよね。 その性欲の部分でお互いの隠しておきたい部分を開示し合った関係ってすごく強固というか、普段絶対人に見せない所で繋がりあえてるからこそ、繋がりが深いというか。何本もあるちょっとの出来事で切れそうな細い線じゃなくて、1本だけどぶっとくて絶対に切れない線で繋がり合ってるイメージ。それを夏月と佳道には感じた。異質だけど、そこら辺にいる一般的な夫婦が求めているぶっとい繋がり。でも一般的な夫婦はそんな強固なぶっとい繋がりを作れることはほとんどない。皮肉だよね。 一般の幸せを求めるか、愛情とかは一切ないけど自分の一番晒したくない部分を晒し合って繋がってる関係を求めるか。 私はこの本を読んで、後者の繋がりを求めて結婚することも、自分が生き延びるための一つの手段としてよいのではと思えたよ。 ■印象に残ったフレーズ 社会からほっとかれるためには社会の一員になることが最も手っ取り早いということです。皮肉ですよね。でも真実です。ちなみに、社会の一員になるとはつまり、この世界が設定している大きなゴールに辿り着く流れに乗るということです。(P7) たとえば、街を歩くとします。 「明日、死にたくない」と思いながら。 世の中に溢れる情報のひとつひとつが収斂されていく大きなゴールを、疑いなく目指しながら。 そのとき、歩き慣れたこの世界がどう見えるようになるのか、私は知りたい。 本当は、ただそれだけなのかもしれません。(P8) 沙保里が自分に話しかけてきたのは、決して友達になりたいからではない。うまくいかない日常の中で、職場の仲間と一緒に盛り上がれる“玩具にしていい対象”が欲しかっただけなのだ。 出産のため退職する人が多い職場でいつしか自分が異端な存在になりかけている今、そんな自分が異端だと指をさせる対象が必要なだけなのだ。(P35) 誰かにわかってもらおうと思うこと自体が無駄なのだ。私の人生は。(P183) 幸せの形は人それぞれ。多様性の時代。自分に正直に生きよう。 そう言えるのは、本当の自分を明かしたところで、排除されない人たちだけだ。(P214) マジョリティというのは何かしら念がある集団ではないのだと感じる。マジョリティ側に生まれ落ちたゆえ自分自身と向き合う機会は少なく、ただ自分がマジョリティであるということが唯一のアイデンティティとなる。そう考えると、特に信念がない人ほど”自分が正しいと思う形に他人を正そうとする行為“に行き着くというのは、むしろ自然の摂理なのかもしれない。(P223) いつしか、幸福よりも不幸のほうが居心地が良くなってしまった。はじめから何も与えられず、何を手に入れられるかや何を失うかで思い悩まなくてもいい状態に、すっかり慣れてしまった。(P228) 社会とは、究極的に狭い視野しか持ち合わせていない個人の集まりだ。それなのにいつだって、ほんの一部の人の手によって、すべての人間に違う形で備わっている欲求の形が整えられていく。(P273) この世界にはきっと、二つの進路がある。 ひとつは、世の中にある性的な感情を可能な限りすべて見つけ出そうとする方向。規制する側の人間ができるだけ視野を広げ、“性的なこと”に当てはまる事象を限界まで掘り出し、一つずつに規制をかけていき、誰かが嫌な気持ちを抱く可能性を極力摘んでいく方向。 自分の視野が究極的に狭いことを各々が認め、自分では想像できないことだらけの、そもそも端から誰にもジャッジなんてできない世界をどう生きていくかを探る方向。いつだって誰だって、誰かにとっての“性的なこと”の中で生きているという前提のもと、歩みを進める方向。(P273,274) 皆もともとたった独りで、家族とか友人とかがいる期間を経て、また独りに戻るだけ(P285) 自分が抱えているものはトラウマなんかではない。理由もきっかけも何もなく、そういう運命のもとに生まれた、ただそれだけのことだ。こうなってしまった自分には何かしらの原因があって、それを吐露する場があれば何かが癒され変化するような次元の話ではない。(P300) 多数派であるということに安住し自分という個体について考える機会に恵まれないのは、一つの不幸でもあるのかもしれない、と。端からそちらの岸に近づくつもりのない自分は、その分、自分が個人としてどう在りたいかということについては明確な意志を持ち合わせているのかもしれない、と。(P311) 自分は、生きていたかったし、もっと生きてみたかった。 誰にも怪しまれず矛盾なく死ぬためだけに生きることに、本当はずっと前から耐えられない思いだった。友達が欲しかった。さみしいと言える人が欲しかった。人生に季節が欲しかった。 自分にとってそれを叶えるために必要だったのは、世の中に溢れる情報のひとつひとっが収斂されていく大きなゴールなどではなかった。自分から漏れ出る情報のひとつひとつに耳をすませ、じっと向き合うことのできる自分自身だった。(P313) みんな本当は、気づいているのではないだろうか。 自分はまともである、正解であると思える唯一の依り所が、“多数派でいる”ということの矛盾に。三分の二を二回続けて選ぶ確率は九分の四であるように、“多数派にずっと立ち続ける”ことは立派な少数派であることに。(P324) まともって、不安なんだ。佳道は思う。正解の中にいるって、怖いんだ。 この世なんてわからないことだらけだ。だけど、まとも側の岸に居続けるには、わからないということを明かしてはならない。(P325) はじめから選択肢奪われる辛さも、選択肢はあるのに選べない辛さも、どっちも別々の辛さだよ(P343) だから私は、あんたみたいにどうだこんなに辛いんだって胸張って、不幸で相手を黙らそうとは思わない。それが生まれ持ったものだとしても、不幸を言い訳にして色んなことから逃げたくない。(P343) 「あってはならない感情なんて、この世にないんだから」 それはつまり、いてはいけない人なんて、この世にいないということだ。(P346)
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