
ジクロロ
@jirowcrew
2026年2月4日
なにも見ていない
ダニエル・アラス,
宮下志朗
ちょっと開いた
こうして、フランドル絵画の発展を飛び越えて、イタリア風の構図を隠れみのとして、ブリューゲルの絵画(「東方三賢王の礼拝」)は、その着想の源へと回帰しているしそこでは黒人(三賢王の一人ガスパール)が、黒人のまなざしこそが、最高度の霊性の運び手なのであって、キリスト教信仰の普遍的な使命を、当時のことばでいいかえるならば、人類の人性の普遍性を保証しているのである。
(『黒い目』)
「なにも見ていない」、これが本のタイトルであり、
アフリカ人ガスパールの黒い目である。
著者の見解は少し思弁に過ぎていて、歴史や象徴を背負い過ぎているようで、あまりしっくりこない。
その場に参加しきれない者の目は、別の風景を追い求める。
カーニバルめいたこの絵画の中にあって、ガスパールの視線は定まっていないように見える。まさに泳ぎの途。
そういった場に関心がない、または馴染めない者こそ、外から見た時にとても関心を惹くのは、自身もそのような立場に立たされているからだろう。
著者の言うような肌の色に象徴されるものではないと思う。ブリューゲルが描きたかったものは、
純粋なる目の色の虚(うつろ)。
お遊戯会で心なく合唱する子どもの目。
「なにも見ていない」
その黒い目が見つめる先こそ、その目に描かれつつある新しい世界。
