
ジクロロ
@jirowcrew
2026年2月5日
聖と俗 〈新装版〉
ミルチャ・エリアーデ,
M.エリアーデ,
Mircea Eliade,
風間敏夫
ちょっと開いた
或る観点からすれば、みずから非宗教的と称する近代人にあっては、宗数と神話は彼らの無意識の闇のなかに<隠れ>ていると言っても過言ではなかろう。ーーそれはまたかかる人間がその内奥深く、生の宗数的経験を回復する可能性を蔵していることを意味する。
……
キリスト教の立場からは決のように言うこともできよう。<非宗教性>は人間の新しい〈堕落)に相応する、非宗教的人間は意識された宗数体験、したがってまた宗教の理解と承認への能力を喪失したが、しかし彼の性情の最も深い根底においては依然としてその記憶を保存している。
(p.203)
どん底にいても「光」を求めている自分がいる。
「彼の性情の最も深い根底においては依然としてその記憶を保存している」
これが自身の原始の「名残」であり「生の宗数的経験を回復する可能性」であるということ。



