読書猫 "急に具合が悪くなる" 2026年2月4日

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2026年2月4日
急に具合が悪くなる
急に具合が悪くなる
宮野真生子,
磯野真穂
(本文抜粋) “(宮野)今ある自分の人生とはまったく別の一生を思い浮かべてみる。私が旅に出る醍醐味はこれに尽きます。今の人生に不満がある、というわけではありません。むしろ満足している。けれどもそれでも、自分の人生がまったく別のものであった可能性を考えてみることは、私が自分の人生というものを引き受ける上で、大切な思考の手がかりである気がします。” “(宮野)そもそも「選ぶ」って何だろうと思うのです。合理的に比較検討することはできるけど、私たちは本当に合理的に「選ぶ」ことなんてできるのだろうか。そんなふうに「選ぶ」ことが「選ぶ」ということなのだろうか、と。結局のところ、何かに動かされるようにしてしか決めることができないのなら、選ぶとは能動的に何かをするというよりも、ある状態にたどりつき、落ち着くような、なじむような状態で、それは合理的な知性の働きというよりも快適さや懐かしさといった身体感覚に近いのではないか、そして身体感覚である以上、自分ではいかんともしがたい受動的な側面があるのではないか、と。” “(宮野)合理性に則った資本主義的な生き方の一番大きな特徴を一言で表すなら、コントロールの欲求と言えるでしょう。” “(宮野) 問い「私は不幸なのか?」 答え「不運ではあるが、不幸ではない」” “(磯野)アカデミックな文章を書くときには乱発が禁じられているはずの、言葉にされない、「そういえば」や「ところで」で、会話は埋め尽くされている。お互い違う場所と人生の中に身を置きながら、相手の言葉を受け取り、それを自分の中に引き入れてから相手に投げる。相手の言葉を受け止めつつ、同時に自分の身体の中かに走る思考や現在進行形の身振りから、浮かんだ言葉を相手に投げる。互いの間にある、こういったある種の間隙が、リズムの良い話題の転換を作っているのだと思います。” “(宮野)話の中身も大切だけど、ある程度の時間、だらっと喋っていることも必要なのだと思います。私たちはそうやって、相手を知り、関係を深めてゆく、こうした関係のなかにいる自分って、書き言葉で切り取られたかっこいい私とはまったく違うものです。” “(宮野)自分の人生に完璧な責任をとれる人などいるのでしょうか。果たしてそういう人がいたとして、それは好ましいことなのでしょうか。 (中略) 私の生は何かの途中で打ち切られざるをえない。人生は完成することなく、人間はつねに「自分の未然」──つまり、まだ達していない途上──を生きる存在なのです。そんな存在がどうやって完璧に責任をとるというのでしょう。” “(磯野)宮野さんはよく哲学者の業と言いますが、人類学者にも同じものがあるとするのなら、他人の人生をテキストに変換し、社会的意義とかいいながら、本当はただ自分のために、陳列物として並べることなのでしょう。8便で宮野さんはおぞましいという言葉を使っていましたが、物語の中で生きることと、それを聞き取って描き、果ては業績にすることの本質的な違いを身を以て感じる今、私は自分のやってきたことのおぞましさを痛感します。” “(宮野)選ぶことで自分を見出すのです。選ぶとは、「それはあなたが決めたことだから」ではなく、「選び、決めたこと」の先で「自分」と言う存在が産まれてくる、そんな行為だと言えるでしょう。” “(宮野)偶然を生み出すことが出来たのは、自然発生だけではなく、そこに私たちがいたからです。”
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