
ジクロロ
@jirowcrew
2026年2月7日
国家 上
プラトン,
藤澤令夫
読んでる
(アデイマントス)
そういうわけですから、どうかわれわれのために、ただ〈正義〉は〈不正〉にまさるということを言葉のうえで示すだけでなく、それぞれは、神々と人間に気づかれる気づかれないにかかわりなく、それ自体としてそれ自身の力だけで、その所有者にどのようなはたらきを及ぼすがゆえに、一方は善であり、他方は悪であるのかを示してください。
(p.141)
ソクラテスに対する、このアデイマントスの問いかけは、対話による「導き」というよりも、純粋な「祈り」に近い気がする。
「〈正しいこと〉とは他人の善、強者の利益であるが、〈不正なこと〉とは自分にとって為になり得になることであり、弱い者にとっては不利益になることだ。」
(p.140)
アデイマントスはそれが現実であることをわかっている。だからこそ、言葉による「救い」が必要となる。
アデイマントスが知りたいのは、いわゆる心の無力さという現実を受け入れた上での心の「あり方」。
「心から知りたい」というその心、それが「祈り」なのかもしれない。