綾鷹 "夜明けのすべて" 2026年2月7日

綾鷹
@ayataka
2026年2月7日
夜明けのすべて
夜明けのすべて
瀬尾まいこ
PMS(月経前症候群)で感情を抑えられない美紗。パニック障害になり生きがいも気力も失った山添。 友達でも恋人でもないけれど、互いの事情と孤独を知り同志のような気持ちが芽生えた二人は、自分にできることは少なくとも、相手のことは助けられるかもしれないと思うようになり、少しずつ希望を見出していくーー。 瀬尾まいこさんの物語はどうしてこんなに温かいんだろう。。 私は本当にこういう物語が好きだなぁ。 生きていると苦しいことも多いけど、希望にも満ちていることを教えてくれる。 自分を気にかけてくれる、温かく見守ってくれる人がいることが、どれくらい支えになるだろう。 自分が苦しみを知っていることで、より人を支えることができるのだと思う。 私もそんな強さと弱さを持った人になりたい。 ・そう思うと同時に、「病気にもランクがあったんだね」という藤沢さんの言葉が頭に浮かんだ。俺は知らず知らず、自分の病気をかさに着るようになったのだろうか。まさか。 本当のことなんだからしかたない。PMSよりパニック障害のほうがつらいに決まっている。いや、はたして、本当にそうだろうか。俺はPMSどころか生理のことも知らない。 実際は想像以上にしんどいのかもしれない。ああ、もう考えるのはやめだ。そんなことどうだっていい。俺はざわざわした思いが広がりそうになるのを振り払うように、炭酸を一気に飲んだ。 ・五年前、婦人科でもらった薬について調べたことがある。その時、ソラナックスを服用する症状としてPMS以外に、鬱やパニック障害という病名にたどり着いた。パニック障害がどういう病気か、いくつがネットのページを見て知ってはいたはずだ。 それなのに、山添君が発作を起こす姿を見るまで、彼がパニック障害だったことにまったく気づかなかった。 飴やガムを食べるのは気分を落ち着かせるためだったかもしれないし、思いどおりに行動できず遅刻してしまっていたのかもしれない。顔色だって冴えないのに、どうして私は簡単に、彼のことをやる気のない人間だと決めてかかっていたのだろう。 「生理は病気じゃない」 そう思っている人はけっこういる。女同士であっても、生理を理由に休むことをずるいと言われることもあった。PMSが病気というカテゴリーに入るかどうかはわからないし、同情や心配を欲してもいない。だけど、気持ちの問題では決してない。体がどうしたって思いどおりに動かないのだ。どう努めても、感情がコントロールできない。治せるならなんだってする。以前の私は、それをどうすれば周りがわかってくれるのだろうかと悩んでいた。それなのに、自分以外の病気については、妊娠や生理を鼻で笑っている男と同じくらい無知だったなんて。 ・「そうですね。えっと、水虫もたいへんそうです」私が言うと、社長は「藤沢さんらしいね」と笑ってから、「もう年季が入った水虫だから、うまく付き合ってるけどね。だけどさ、誰にも言わずにいるんだけど、かみさんには気づかれているみたいで、靴に炭入れられたりスリッパこまめに干されたりしてる」 「そうなんですね」 「かみさんは自分に移されたくなくてやってるんだろうけど、そうやって気にしてくれる人が一人でもいるだけで、気は楽さ。山添君もそうじゃないかな」社長は「よいしょ」と席を立った。もうすぐ住川さんが出勤してくる。私も自分の席へ戻った。 誰かの負担を和らげるのは、強引に髪を切ったり、勝手に告白したりすることなんかじゃない。靴に炭をしのばせる。そういうことが、苦しさを軽減させてくれるのかもしれな い。 ・藤沢さんにはパニック障害だと知られているから平気だったのだろうか。いや、それなら付き合っていた千尋だってそうだった。千尋は俺が最初にパニック障害を打ち明けた相手だ。何度も大きな病院に行くようにと勧めてくれたし、すぐに治るはずだと励ましてもくれた。千尋とは一年以上一緒にいたから、ありのままの自分も見せていたし、泣き言や弱音も吐いていた。でも、千尋の前では、いつもどおりの俺でいたかった。失敗するのも、間違って恥をかくのもいい。だけど、理由もなく発作を起こして倒れることはしたくなかった。治る見込みのない症状を抱えて千尋のそばにいるのはつらかった。心配や同情や励ましや慰め。ありがたいけど、毎日それらを向けられるのは重圧だった。千尋もそんな俺にどう接していいか迷っているようで、無駄に気を遣わせていた。一緒にいると楽しかった。顔を見るだけでほっとできた。それなのに、パニック障害になってから、千尋と会うたび心のどこかが緊張した。 ・「PMSはいいところあるんですか?」 「そうだなあ。PMSになって、ヨガとかピラティスとかいろいろやったから、体は柔らかくなったかな」 藤沢さんが「昔は体硬かったのに、今、足一八〇度開くよ」と自慢げに言うのに、俺も「そういえば、パニックになって外に出なくなったから無駄遣いはしなくなったな。給料は減ったのに貯金は増えました」と答えた。 どこかずれているような気もするけど、困難が襲ってきて得るものって、実は現実的なものかもしれない。それにしても柔軟性と貯金って。俺たちはなんとなく顔を見合わせて、思わず笑った。 ・PMSだから、誰とも付き合えないと思っているわけではない。だけど、説明して理解してもらって、それでも驚かれて謝って、少しずつ距離を縮めて......。そういうのを考えると億劫になってしまう。そこまでして、人と一緒にいるのはしんどい。 「そんなの、大丈夫だよ。それに、環境変わったら、けろっと治ったりするかもしれないしさ。先のこと心配したってしかたないじゃん」「うん、かもね」 いろいろ手を尽くしてきて現在があるのに、環境の変化で治るわけがない。それでも、こうやって心配してくれる友達がいるのはありがたいことだ。 ・伊勢神宮のお守り。まだ俺のことを覚えていてくれたんだ。辻本課長は今の俺を見て、どう思うだろうか。社会に出たばかりの俺にすべてを教えてくれた人だ。こんな俺に、がつかりするだろうか。いや、あの人は自分がかかわってきた人間に、失望することはない。 恋人に友達、一緒に仕事に向かっていた仲間や上司。みんな遠くに行ってしまったと思っていた。パニック障害を抱えてしまっているのだ。新たに誰かと打ち解けることなどないと思っていた。でも、本当にそうだろうか。 お守りを手にしながら、藤沢さんが買ってきてくれたコーラの残りを飲み干す。俺はすべてから切り離された場所にいるわけではない。完全な孤独など、この世の中には存在しないはずだ。 ・パニック障害になってから忘れていたことを、この半年足らずでいくつか思い出した。 クイーンをよく聴いていたこと、和菓子が好きだったこと、自転車に乗るのが得意だったこと。同時にできないことも思い知った。映画館に入ることも、電車に乗ることも、まだ俺にはできそうにない。 でも、手段はある。 美容院に行けなければ髪くらい家で切ればいいし、映画館に入れないのならポップコーンを食べながらサントラを聴けばいい。電車が無理でも自転車がある。代わりではなく、そのほうがずっと楽しいことも多い。 ・「こんなにたくさんいらないよ。明後日には退院するのに。山添君、家で飲んで」そう言って、藤沢さんが袋に入れてくれた飲み物は、冷蔵庫に入っていたものだろう。俺が持って行った数より増えている。カーテンで仕切られた病室の狭いスペース。藤沢さんといるその空間は、緊張感も圧迫感もなかった。 寒い十一月の土曜日。髪の毛を切りに来た藤沢さんが、ハンドクリーナーやらごみ袋やらを出してきたことを思い出した。突拍子もないことをしてしまえるところじゃなく、俺は藤沢さんのそういうところが好きなんだ。そう思った。 ・働かないと生きていけないし、仕事がなければ毎日することもない。だから会社に勤めている。けれども、仕事のもたらすものはそれだけではない。自分のできることをほんの少しでも、何かの役に立ててみたい。自分の中にある考えを、何らかの形で表に出してみたい。そういう思いを、仕事は満たしてくれる。働くことで、漠然と目の前にある大量の時間に、少しは意味を持たせられる気がする。 ・人に悪く思われないためなのか、人に喜んでもらいたいためなのか、自分の行動の根源にあるものは自分でもわからない。けれど、嫌われたくない。そればかりだったら、みじめだ。気を遣っているわけじゃなく好きでやっている。そういうことにしておけば、気持ちは楽だ。 「そんなふうに考えられたら、少しは自分のこと嫌じゃなくなりそうだね」 「無理して好きになることもないですけどね」 おやつまで待てないと、桜餅を食べながら山添君が言った。 「そう?自分のこと好きでいるのは基本でしょう。自分を大事にできない人間は人を大事にできないって、よく聞くよね」 「そんな理論がまかり通ったら、人を粗末にする人が続出しますよ。藤沢さんの聞き間違いじゃないですか」 「まさか」 自分を好きになることが大切だって、小学生のころから何度も聞いたことがある。そのままの自分を好きになろうって、自分を好きになれる人が他人を愛せるんだって、歌でだって小説でだってよく言っている。 「ぼくは自分が嫌いです。臆病だし、将来の見通しもゼロ。好きになれる要素がないで す」 山添君はパソコンに向かっていた体をこちらに向けて、話し出した。 「そんな悲観することないだろうけど」 「悲観はしてませんよ。ただ、タコと自分が好きじゃないだけで。でも、藤沢さんを好きになることはできます」 ・昔の俺は、誰とでも近づいて、たくさんの言葉を交わしていた。人と知り合うことも、みんなで集まることも好きだった。そのころは社交的だとよく評された。それに比べ、今の俺は、口数は当時の半分にも満たない。交友関係を広げることもなく、人と接することを避けている。 だけど、あのころの俺は、悲しい話が展開されるとわかっていて、会話を進めることができただろうか。自分の発作のことをこんなにも自然に口にできただろうか。数えきれないほど冗談を口にし、笑いあってきた。けれど、今のような話を誰かとしたことはなかった。 ・「薬、減らして大丈夫でしょうか?」 「一気にではなく徐々にやればいいし、できなきゃ、また元に戻せばいいだけだからね」 医者はさらりと言った。 断薬はつらいし、一度失敗すると苦労する。そういう話は、ネットの情報で何度も読んだ。俺にそれができるのだろうか。 「たいへんだってよく聞きますけど・・・・・・・」 「誰から?」 「まあ、ネットで」 「でしょうね。簡単に手に入れられる情報なんて、声が大きい人のものがほとんどですよ。山添さんのことを知っている人が発している意見ではないでしょう?」
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved