( ᵕ ᵕ̩̩ ) "ノット・ライク・ディス" 2026年2月8日

ノット・ライク・ディス
終章 【引用】  「私は自分の身体を愛することができるか」という問いはトランスの人たちにとって自らの実存に差し迫る問いである。性別違和を経験するトランスにとって「私の身体」は「困ったからだ」としてあり、それを「愛する」ことは難しい。しかし、「私」はこの(原文傍点)身体──身体の形を変えるにせよ変えないにせよ──を生きる以上、自分の身体となんらかの形で「和解」する必要がある。そうでなければ、「私」の生存は困難になってしまうだろう。ところで、ここで同時に指摘しておきたいことはその問いがトランスの人たちにのみ完全に閉じたものでもないということである。実際、「典型的な身体」ではない身体を生きる人たちにもこの問いは切迫した問いであって、例えば、異性愛男性中心主義的社会のなかで性的対象化を被る女性、ルッキズムにさらされる人たち、障害を抱える人たち、人種的マイノリティの人たちにとってもそうであろう。  身体とそれに対する愛の問題は、身体が物質的な所与としてあるにもかかわらず身体を「単なる物質的な所与」には還元できないという事実を突きつける。私たちは身体を「ありのままに」愛することなどできない。冷静に考えれば、それは奇妙な事実である。私たちはこの身体でしかありえず、身体そのものを選ぶことなどできない──程度の差はあれ、身体の形態を変容することはできるにせよ。それなのに、その身体への愛は自然には発生しない。それは、ある「身体の形」が「理想的」とされる社会的な規範が存在することと明らかに関係しているだろう。その規範的枠組みのなかで、細部の身体部位にいたるまで意味づけられ、価値づけられているのである。「私」の身体、その身体イメージは、そのような規範のなかで、その下で、あるいはそれとの「交渉」のなかで、形作られるものである。  「私は自分の身体を愛することができるか」という問いがまずなによりも個人的(原文傍点)なものであるのは、当然、「私」という個人の身体に関わるものだからだ。それは、厳密に(原文傍点)個人的なものである。身体イメージが他者との関係や社会的世界との関わりのなかで形成されるものであるとしても、身体イメージは決して画一的に形成されるものではなく、この私(原文傍点)という個別性をもつのであり、そのイメージは各個人において異なって生きられるものだ。性別違和はそのようなイメージと現実の身体とのギャップにおいて生起するのであり、それが身体を愛することを困難にする。(pp.256-257) 【引用】  身体を愛することは単なる「認識」の問題ではない。性教育の言説も、ラディカルな社会構築主義の言説も、あるいはボディ・ポジティブの言説も、「ときには効かない日がある」。ジェンダー規範をはじめとした社会的規範のなかを生きる私たちは程度の差はあれ、その規範のなかで自らの感性を形成してしまう。その規範はいわば身体化されるのであって、単なる認知の問題として片づけることはできないだろう。実際のところ、私たちはそのような規範との「交渉」のなかで、上手くいけばなんらかの折り合いをつける、あるいは折り合いをつけようと試みる。各個人において多様に行われるそのような「折り合い」や「和解」の試みはまさしく「自分の身体を愛する」ための作業である。「私は自分の身体を愛することができるか」という問いが個人的な(原文傍点)問いであるのは、自分の身体を「ありのままに」愛することの困難を前に、それでも自らの身体となんらかの仕方で折り合いをつけ、和解するための、その人自身の実存に差し迫った問いであるからだ。(p.258) 【引用】  したがって言い換えれば、「私」の身体への愛の困難に直面することは、どんな身体が「愛するに値する身体」としてカウントされるのか、どんな身体が「愛されるに値しない」「おぞましいもの」として排除されるのか、その規範に対峙することでもある。バトラーが述べているように、「直面すること(coming up against)」は「身体を定義する様態」である(Butler 2009: 34)。なぜなら、「身体が不可避的に外部の世界に直面しているということは、他者に、そして自分ではコントロールできない状況に、意図せずして近接してしまっていることの一般的な苦境のしるしである」(Butler 2009: 34) ことを意味し、身体が根本的に社会的世界に曝されたものとして存在することを意味しているからである。そのとき、トランスジェンダーらの〈違和〉の経験はこの「苦境」をとりわけ開示するものだと言えるだろう。それは、どのような身体が規範的な身体として「カウント」され、どのような身体が「非規範的な身体」として排除されているのか、それらを規定している社会的規範に直面することである。「私は自らの身体を愛することができるか」という問いはこの意味で政治的な問いでもあるのであり、私が自らの身体を愛することができないとき、その愛の困難は、この社会的世界への批判や抵抗を、また、〈いま・ここ〉ではない別の世界の希求を、潜在的に孕んでいるのである。そのような困難に直面しながら、しかし現に多くのトランスの人たちはそれぞれの仕方で自らの身体と折り合いをつけながら、あるいは折り合いをつけようと試みなから、生きている。自らの身体と折り合いをつける、その愛の技法は、ある身体を「おそましいもの」として排除する〈いま・ここ〉の社会的世界とは別の世界の可能性をいわば先取りしごいろのである。いわば、この世界こそがトランスの人たちから愛の技法を学ぶべきたのだ(原文傍点)。(pp.260-261) 【引用】  このような点を考える上で、町田の〈器〉をめぐる議論をメルロ=ポンティの身体論と接続させてみることには意味があるだろう。実際、町田が〈器〉の概念──それは「自らの未分化な感覚をおさめるような」「身体感覚に根差した概念」である──を対人関係を包含する間主観的なもの(あるいは間身体性)としても記述していたが、同様に、メルロ=ポンティにとっても、他者は「私に付きまとう」ものである。彼は『眼と精神』で次のように述べている。「ここで身体といっても、それは情報機械だと言っても差し支えないような〈可能的身体〉のことではなく、私が〈私の身体〉と呼ぶ現実の身体、私が話したり行為したりする際にいつも黙って立ち会っている見張番のようなこの身体のことである。そして、この私の身体とともに、多くの共同的身体(原文傍点)、つまり「他人」もまた蘇ってくるに違いない。〔…〕ここでいう「他人」とは、それが私に付きまとい、また私が彼らに付きまとい、そして私が彼らとともにただ一つ現存する現実的存在に付きまとう、といったものなのである」(メルロ=ポンティー九八六:二五五。強調原文)。町田とある意味では同様に、ここでメルロ=ポンティが指摘しているのは、他者は「私の身体」に「付きまとう」ということであり、したがって町田の言葉を借りれば、他者は私の「未分化な感覚をおさめる」〈器〉でありうるのであり、あるいは端的に言えば「私の身体」とは「間身体的なもの」である。ところで、メルロ=ポンティはここでは明確に述べてはいないが、「私の身体」が他者が「付きまとう」ものとして存在するのなら、その他者に「私の身体」が受け止められるか拒絶されるかは「私の身体」そのもの、その身体感覚を安定させたり揺り動かしたりするものでありうる。そして、そのような他者との絡み合いや付きまといにおいて、その他者の「受け止め」は社会的規範に構造化されてもいる。したがって、私たちはその他者の背景にある「世界」自体との連絡を問わざるをえない。(pp.267-268) あとがき 【引用】  「理論」は私にとって「生きた言葉」であり、「生き延びるために絶対に必要な言葉の織物」だ。フェミニズムの、クィアの、トランスの「理論」は明らかに私の生を押し拡げ、背中を押してくれた。「生」と「理論」を切り離す考えを、私は嫌悪し、そのような考えに全力で反対する。「理論家」とは「一部の専門家」のことではない。とりわけ、社会のなかでマイノリティとされる人たちは、自己のその「非規範的な」生を生きるために、学問的であろうとなかろうと、なんらかの「理論」を必要とする。(pp.276-277)
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