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@carlymatsushita
お気に入りの箇所を引用して残しておくことが多いです。ネタバレ注意です!
  • 2026年5月28日
    ハリー・スミス講義録 ナローパ大学の宇宙誌
    ハリー・スミス講義録 ナローパ大学の宇宙誌
  • 2026年5月20日
  • 2026年5月20日
    オレンジだけが果物じゃない
    オレンジだけが果物じゃない
  • 2026年5月20日
    美しい夏
    美しい夏
  • 2026年5月17日
    廃村大全
    廃村大全
  • 2026年5月7日
    脱法
    脱法
  • 2026年4月27日
    廊下に植えた林檎の木
    廊下に植えた林檎の木
  • 2026年4月25日
    身体の美学入門
  • 2026年4月23日
    小説の技巧 (白水Uブックス)
    小説の技巧 (白水Uブックス)
  • 2026年4月23日
    土人形と動死体
  • 2026年4月21日
    Hanakoganei Counterpoint
  • 2026年4月19日
    みんなこうして連帯してきた
    みんなこうして連帯してきた
  • 2026年4月19日
  • 2026年4月19日
    増殖する眼球にまたがって
  • 2026年4月15日
  • 2026年4月14日
    ノット・ライク・ディス
    「体の性」と「心の性」という多くの人に刷り込まれている概念が真実であるなら、果たしてトランスの身体というものがあらかじめ肯定されることはないのだろうか。トランスの身体というものは、常に想定されなかった事態であり、「心の性」に添って作り替えられた工作物でしかないのだろうか。そのような問いに対して藤高和輝は、はっきり否と答える。なぜなら藤高が、本書の中で一つひとつ拾い上げる日本語圏のトランスジェンダーたちの実感に基づいた語りは、そのどれもが「体の性」と「心の性」という概念を基にする「心身二元論」とは、あまりにもかけ離れているからである。例えば、岩村匠の「筋肉も髭もペニスも睾丸も記憶のなかにある。(性別適合)手術で失われた自分の体を取り戻したい」という発言ひとつ取ってみても、心身二元論では説明がつかない。そこで藤高はこの発言をモーリス・メルロ=ポンティの「身体イメージ」という概念に接続し、性別違和を「身体イメージ」と「物質的身体」の間に生じるものだと説明し、その実感と身体を肯定する。このように、ありとあらゆるトランスの身体を肯定するために、藤高はトランスの語りと哲学者の思想を繋いでいく。榎本櫻湖が「生身のからだ」について考える時、それはジュディス・バトラーの「物質化」の概念に接続され、「普段うっとうしく感じていた肉体とは違う肉体」の存在を感じる時、ゲイル・サラモンによってその物質性が肯定される。これらは一例であるが、藤高はこのようにトランスの語りを援護するように哲学者の思想を繋ぐ。それはまた、哲学者の思想を机の上で眠らせずに現実の只中に放り込み、労働させようとする試みでもある。そして本書におけるこういった言葉や思想を繋いでいく試み自体が、藤高の思考の痕跡そのものであり、また他者に対して暴力的に「判断」を下そうとするトランスフォビアに対する抵抗運動なのである。
  • 2026年4月10日
    廊下に植えた林檎の木
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  • 2026年4月10日
    触発する言葉
    触発する言葉
  • 2026年4月10日
    体の居場所をつくる
  • 2026年4月10日
    デッドエンドで宝探し
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