あまぎ "死に魅入られた人びと: ソ連..." 2026年2月8日

あまぎ
あまぎ
@zfch8888
2026年2月8日
死に魅入られた人びと: ソ連崩壊と自殺者の記録
死に魅入られた人びと: ソ連崩壊と自殺者の記録
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
P.108 S氏には建築管理局の経理係をしている、美しい奥さんがいた。息子ふたりには別々にアパートを手に入れてやっていた。自動車も買いあたえていた。そう、なにもかもあったし、S氏はなんでもできた。手に入れる、受け取る、電話する、依頼する、圧力をかける、予算をひきだす。官給の別荘、州委員会のビュッフェでの食料品の注文。しかし、地上百メートルから石畳に身をおどらせたのは、そんなもののせいじゃない。サラミソーセージやイクラのせいじゃ‥‥‥。 自分が追放された、自分が裏切られた。S氏はこれに甘んじることができなかったんです。 P.172 インガは右往左往していたんです。現実と理想の間を一生行ったり来たりしていた。誰かに愛されたがっていた、パンや水のように自分を必要とされたがっていた。強くはげしい愛情を欲しがるあまり、愛をでっちあげ高いところから飛びおりるように、人々に向かって身を投げべったり横たわっていたんです。私たちひとりひとりの心の中には愛情の器があって、それが子ども時代に満たされていないと、一生渇きと癒されない思いに苦しむのです。救いがなく、身を守れません。インガの器には、底のほうにわずかにはいっていただけなんです。おばあちゃんの愛が。 P.192 私は共産主義者として死にたい、ソヴィエト人として死にたい、自分の祖国で。家で自室にとじこもるんです。すると私ら夫婦には、なにも変わっていない、なにもなにもかも昔のままだという気がしてくる。ただ、ドアを閉めて、電話に近づかないようにしなくちゃならないが。テレビにも。 私が共産党に入ったのは前線にいた時で十八だった。たとえ銃殺すると言われたって、党員証を返却するつもりはない。われわれには指導者たちがいた。指導者たちがいた。「前へ、前へ!!」とわれわれに呼びかけていた。そのくせ、自分ら逃げてしまった、ほっぽり出してしまった。あの連中は夜な夜な眠れるんだろうか。自分たちの回想録になにを書いているんだろうか。外国でなにを話しているんだろうか。話してもらいたいものだ、私が松葉杖でテレビをがんがん叩きながら、「私は奴隷だったんじゃない、ちがうぞ。共産主義者だったんだ。兵士だったんだ」とわめいたことを。わめきちらしたんですよ、注射をうたれ、担架で病院に運ばれるまで‥‥‥。 私は共産主義者として死にたい、ソヴィエト人として死にたい。われわれの世代が去るのを待ってください、かつて社会主義のもとで、戦争中に生きていた世代が去るの‥‥‥。
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