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あまぎ
あまぎ
@zfch8888
人文、歴史、料理
  • 2026年2月23日
    烈侠
    烈侠
    P.243 暴対法、暴排条例が施行されて、ヤクザには生きにくい時代になったと思うわ。この本を出す前に「ヤクザとはなんやろか」と問われたんや。ヤクザは‥‥‥難しい。ヤクザはほんまに難しい。わしは田岡の親分に、ヤクザとは「堅気をいじめない。弱い者いじめをしない」と、学んだが、私に言えるのはそれだけや。そして、わしの人生に悔いはなし、や。
  • 2026年2月21日
    山口組三国志 織田絆誠という男
    P.311 織田などへのインタビューが終わって、筆者は織田について、こう感想を漏らした。 「世間では武闘派と思われてますが、弁が立ちますね」と。 織田は「そこらへんの武闘派ですヨ」と謙遜し、正木は「またおだてて。うちの宝物ですから。もう突っ走るとこあるから」と言った。 神戸山口組はついに「宝」とすべき織田を持ちきれず、支えきれなかったといえよう。
  • 2026年2月8日
    死に魅入られた人びと: ソ連崩壊と自殺者の記録
    死に魅入られた人びと: ソ連崩壊と自殺者の記録
    P.108 S氏には建築管理局の経理係をしている、美しい奥さんがいた。息子ふたりには別々にアパートを手に入れてやっていた。自動車も買いあたえていた。そう、なにもかもあったし、S氏はなんでもできた。手に入れる、受け取る、電話する、依頼する、圧力をかける、予算をひきだす。官給の別荘、州委員会のビュッフェでの食料品の注文。しかし、地上百メートルから石畳に身をおどらせたのは、そんなもののせいじゃない。サラミソーセージやイクラのせいじゃ‥‥‥。 自分が追放された、自分が裏切られた。S氏はこれに甘んじることができなかったんです。 P.172 インガは右往左往していたんです。現実と理想の間を一生行ったり来たりしていた。誰かに愛されたがっていた、パンや水のように自分を必要とされたがっていた。強くはげしい愛情を欲しがるあまり、愛をでっちあげ高いところから飛びおりるように、人々に向かって身を投げべったり横たわっていたんです。私たちひとりひとりの心の中には愛情の器があって、それが子ども時代に満たされていないと、一生渇きと癒されない思いに苦しむのです。救いがなく、身を守れません。インガの器には、底のほうにわずかにはいっていただけなんです。おばあちゃんの愛が。 P.192 私は共産主義者として死にたい、ソヴィエト人として死にたい、自分の祖国で。家で自室にとじこもるんです。すると私ら夫婦には、なにも変わっていない、なにもなにもかも昔のままだという気がしてくる。ただ、ドアを閉めて、電話に近づかないようにしなくちゃならないが。テレビにも。 私が共産党に入ったのは前線にいた時で十八だった。たとえ銃殺すると言われたって、党員証を返却するつもりはない。われわれには指導者たちがいた。指導者たちがいた。「前へ、前へ!!」とわれわれに呼びかけていた。そのくせ、自分ら逃げてしまった、ほっぽり出してしまった。あの連中は夜な夜な眠れるんだろうか。自分たちの回想録になにを書いているんだろうか。外国でなにを話しているんだろうか。話してもらいたいものだ、私が松葉杖でテレビをがんがん叩きながら、「私は奴隷だったんじゃない、ちがうぞ。共産主義者だったんだ。兵士だったんだ」とわめいたことを。わめきちらしたんですよ、注射をうたれ、担架で病院に運ばれるまで‥‥‥。 私は共産主義者として死にたい、ソヴィエト人として死にたい。われわれの世代が去るのを待ってください、かつて社会主義のもとで、戦争中に生きていた世代が去るの‥‥‥。
  • 2026年1月28日
    仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的
    P.277 「私は日本で生まれ、日本で育ちました。私の実の母親の本名や国籍がフィリピン政府で確認できない、という私にはどうしようもできない理由でフィリピンの領事館は私の独身証明書を出してくれません」 「生活自体は家族3人で仲良く暮らしているのですが、このままでは海人には法律上の父親がいないことになってしまいます。私たちの住民票は翔が世帯主で、私と海人は同居人という記載になっています。平塚市役所には必要な書類がそろっていないと親子としての認知届を受理できないと言われています」 「翔を相手に裁判することは不思議な感じもしますが、翔と海人が親子であることの証明を役所ができない以上、裁判所に親子であることを判断してもらい、認知の判決をもらって市役所に提出するしか方法はありません」 「私たち家族の希望は、翔と海人を法律上も親子にすることです。そして海人には日本国籍も取ってあげたいです」 途中、海人がじっとしていられなくなり、「ママ、ママ」と声を上げ、立ち上がって歩き出した。母子は書記官に注意された。「ごめんなさい。預けられる人がいないんです」ジュリアは言った。本当にジュリアにとって、この国には預けられる家族も親戚もいないのだ。 (私たちは家族になれるのだろうか)
  • 2025年5月5日
    ある行旅死亡人の物語
    ある行旅死亡人の物語
  • 2025年5月2日
    流れる星は生きている改版
    P.157 「日本人、ほんとうに気の毒だと思っています。だが、今あたなにものを上げると、私は村八分にされます。今まで私たちが苦労していたのは日本の政治が悪かったからだと、日本人をみんな恨んでいます。でも、あなた方にはなんの罪もありません。今、私がものを捨てますから、あなたは、それを、急いでお拾いなさい」 「ありがとう、ありがとう」 私は何べんも頭を下げて、道へ出て待っていた。主婦はパカチ(朝鮮の器)へいっぱいに、御飯と、朝鮮漬と、みそを入れて運び出して来て、私の目の前のヤブの中へ置いた。そして、後を見ずに、さっと家の中へ入ってしまった。 「ありがとう、ありがとう‥‥‥」 私はふるえる手で、パカチから持っていたふろしきの中へそれをあけた。何日ぶりで、いや、何ヵ月ぶりで触れることのできた米の粒であろう。 「さ、早く帰りましょう。おうちへ帰って、食べましょう」 唇がふるえて、言葉がまともに出て来なかった
  • 2025年3月28日
    ロシヤにおける広瀬武夫 上下巻セット 朝日選書57・58
  • 2025年3月28日
    セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと
    セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと
  • 2025年3月27日
    踊る熊たち
    踊る熊たち
    P.15 自由は痛い。そしてこれからも痛みつづけるだろう。私たちはそれに対して、踊る熊たちよりも高い対価を支払う覚悟はあるだろうか? P.111 我々の仕事に関する質問はまったく出ませんでした。何頭の熊を救うことができたか。それがいかに重要なことか、我々のおかげで世界的に有名になったベリツァの町にとっても、我々が野蛮な習慣から救ってやった熊たちにとっても。そんな話は一切なし。話題はひとつきりでした。熊がイチゴを食べている、ってことです。『うちの子はイチゴなんて食べてないぞ、買う余裕がないからな』人々は言いました。『なのに奴らは熊に何箱も投げ与えている』と。 P.113 うちの熊たちが暮らしている場所は見せかけの自由を与えられているにすぎない。これは我々の選択ではありません。我々としては喜んで彼らをここに一、二年とどめて、それから森に放し、あとは自力でやってくれと言いたいところですが。でも人生の大部分を囚われの身で過ごしてきた者に、野生でうまくやっていくチャンスはないのです。 人間と似てると思いませんか? P.119 こうしたすべてにもかかわらず、 ほぼすべての熊たちが いまでも 踊るのだ。 人間を目にするとーー後ろ足で立ち上がって上から左から右へと体を揺らしはじめる。まるで乞うかのようにーーかつてのようにーーパンを、飴を、一口のビールを、愛撫を、痛みからの解放を。もうずいぶん前からだれひとり彼らに与えていない痛みからの。
  • 2025年3月21日
    犬を愛した男
    犬を愛した男
  • 2025年3月20日
    独裁者の料理人
    独裁者の料理人
    P.76 我々は昼食のため、野っ原のどこかで車を停めた。サダムは食べ終え、食事がお気に召したので、こう言った。『アブー・アリ、君は本物の名シェフだ。一緒に写真を撮ろう』 それは美しく晴れた日で、みんな機嫌がよかった。ほら、見てくれ。あのすべての年月の後で私に残ったものは唯一、これだけなんだ。 P.187 私は生き残った。 自分の才能のおかげで。そして、想像力豊かで独創的でなくてはならないと言ってくれたエンヴィルのおかげで。 P.218 「フィデルが食べていたものは人々が買えたものと大して変わらなかった」「本気か?」私はもう一度訊く。「たとえば彼はグレープフルーツのカツレツを食べていたか?ソヴィエト連邦が崩壊したとき、多くのキューバ人がそうしたように、昼食代わりに砂糖水を飲んでいたか?」「あんたに何がわかる!」 P.280 ピックはそのとき重要な発見をした。クメール・ルージュは飢えを政治の道具として使っていたのだ。
  • 2025年3月19日
    対馬の海に沈む
    対馬の海に沈む
  • 2025年3月14日
    スヌープ・ドッグのお料理教室
    スヌープ・ドッグのお料理教室
  • 2025年3月9日
    チボの狂宴
    チボの狂宴
  • 2025年3月9日
    WAR(ウォー) 3つの戦争
    WAR(ウォー) 3つの戦争
  • 2025年3月9日
    厨房から見たロシア
    厨房から見たロシア
    P.33 最終的に皇帝一家と側近たちの非業の死につながった出来事である十月革命に、ニコライは特に心を乱されなかった。唯一動揺したのは、暴徒がペトログラードの冬宮殿に侵入し、地下のワインセラーを空にしたと聞かされたときだったという。 P.135 でもね、パン屋に入った瞬間、楽園にいるみたいだった。不思議なことに、そこはパンのにおいじゃなくてエンジンオイルのにおいがしたの。オーブンに塗るものがほかになかったんだよ。でも小麦粉を見るだけで、パン職人の白いエプロンを見るだけで、焼き型を見るだけで、すべてが心を落ち着かせてくれた。パンがあるって?それは世界がまだ回っているということ。あたしたちはなんとかして生き延びられるかもしれない。
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