綾鷹 "何者" 2026年2月9日

綾鷹
@ayataka
2026年2月9日
何者
何者
朝井リョウ
就職活動を目前に控えた拓人は、同居人・光太郎の引退ライブに足を運んだ。光太郎と別れた瑞月も来ると知っていたから――。瑞月の留学仲間・理香が拓人たちと同じアパートに住んでいるとわかり、理香と同棲中の隆良を交えた5人は就活対策として集まるようになる。だが、SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする、本音や自意識が、彼らの関係を次第に変えていく……。 就活のときの惨めさを思い出した。。 友達の結果に一喜一憂して自己嫌悪に陥るのなんて身に覚えがありすぎて😱笑 自分の就活時代を思い出して胸がきゅーっとなると共に、登場人物の心理描写がリアルで共感できる小説だった。 自尊心を保つために人は本心を隠すけど、サワ先輩が言うように敢えて言わない本音、弱さを想像できたら、自分も相手も尊重できる気がする。 ・ツイッターの自己紹介画面に映っている自分の名前。にのみやたくと@劇団プラネット。 劇団の脚本を書いたり役者として舞台に上がるときは、漢字をひらいて、名前をひらがなで表記する。 漢字をひらがなにする、たったそれだけのことで何者かになれた日々は、もう遥か昔のことのようだ。 ・いつからか俺たちは、短い言葉で自分を表現しなければならなくなった。フェイスブックやブログのトップページでは、わかりやすく、かつ簡潔に。ツイッターでは一四〇字以内で。就活の面接ではまずキーワードから。ほんの少しの言葉と小さな小さな写真のみで自分が何者であるかを語るとき、どんな言葉を取捨選択するべきなのだろうか。 ・就職課には、内定者ボランティア、と呼ばれる人たちが常駐している。就活生のどんな相談にも乗ってくれる内定者ボランティアはみんな、首から小さなカードをぶら下げている。そこにはその人の名前より大きな文字で、内定先の企業名が書かれている。 ・個人の話を、大きな話にすり替える。そうされると、誰も何も言えなくなってしまう。 就職の話をしていたと思ったら、いつのまにかこの国の仕組みの話になっていた。そんな大きなテーマに、真っ向から意見を言える人はいない。こんなやり方で自分の優位性を確かめているとしたら、隆良の足元は相当ぐらぐらなんだろうな、と俺は思った。 ・やっぱり、想像力が無い人間は苦手だ。 どうして、就職活動をしている人は何かに流されていると思うのだろう。みんな同じようなスーツを着るからだろうか。何万人という学生が集まる合同説明会の映像がニュース番組などで流れるからだろうか。どうして、就職活動をしないと決めた自分だけが何かしらの決断を下した人間なのだと思えるのだろう。周囲がみんな黒髪でスーツを着ているときに髪を染めて私服を着ていられるからだろうか。つまらないマナー講座を笑っていられるからだろうか。 たくさんの人間が同じスーツを着て、同じようなことを訊かれ、同じようなことを喋る。 確かにそれは個々の意志のない大きな流れに見えるかもしれない。だけどそれは、「就職活動をする」という決断をした人たちひとりひとりの集まりなのだ。自分はアーティストや起業家にはきっともうなれない。だけど就職活動をして企業に入れば、また違った形の「何者か」になれるのかもしれない。そんな小さな希望をもとに大きな決断を下したひとりひとりが、同じスーツを着て同じような面接に臨んでいるだけだ。 「就活をしない」と同じ重さの「就活をする」決断を想像できないのはなぜなのだろう。 決して、個人として何者かになることを諦めたわけではない。スーツの中身までみんな同じなわけではないのだ。 ・俺たちは、人知れず決意していくようになる。なんでもないようなことを気軽に発信できるようになったからこそ、ほんとうにたいせつなことは、その中にどんどん埋もれて、隠れていく。 光太郎が、成績証明書が必要になるくらいの段階にまで辿り着いていたことだって、ツイッターもフェイスブックもメールも何も無ければ、隠されていたような気持ちはしなかったかもしれない。ただ話すタイミングが無かったんだ、と、思えたかもしれない。だけど、日常的に光太郎のことを補完してくれるものがたくさん存在してしまうから、意図的に隠されていたような気持ちになってしまう。 俺は紙の白を見つめる。 ほんとうのことが、埋もれていく。手軽に、気軽に伝えられることが増えた分、ほんとうに伝えたいことを、伝えられなくなっていく。 ・就職活動において怖いのは、そこだと思う。確固たるものさしがない。ミスが見えないから、その理由がわからない。自分がいま、集団の中でどれくらいの位置にいるかがわからない。面接が進んでいく中で人数が減っていき、自分の順位が炙り出されそうになったところで、また振り出しに戻ってしまう。マラソンと違って最初からゴールが定められているわけではないから、ペース配分を考えるなんていう頭脳戦にも持ち込めない。クールを装うには安心材料がなさすぎるのだ。 だから、その中でむりやりクールを装おうとすると、間違った方向に進んでしまうことになる。説明会で自分だけ私服だったことをアピールしてみたり、就活という制度そのものを批判することで、個性とか、夢とか、そういう大きな話への転換を試みてみたり。 ・「お前、こんなことも言ってたよな」 返事をすることができないでいると、サワ先輩の声が少し、小さくなった。 「メールやツイッターやフェイスブックが流行って、みんな、短い言葉で自己紹介をしたり、人と会話をするようになったって。だからこそ、その中でどんな言葉が選ばれているかが大切な気がするって」 サワ先輩は、ツイッターもフェイスブックも利用していない。 「俺、それは違うと思うんだ」 サワ先輩は用があるならメールじゃなくて電話して、と、いつも俺に言ってくる。 「だって、短く簡潔に自分を表現しなくちゃいけなくなったんだったら、そこに選ばれなかった言葉のほうが、圧倒的に多いわけだろ」サワ先輩は、この現実の中にしかいない。 「だから、選ばれなかった言葉のほうがきっと、よっぽどその人のことを表してるんだと思う」 俺はサワ先輩の背中を見つめる。 「たった一四〇字が重なっただけで、ギンジとあいつを一緒に束ねて片付けようとするな よ」 いつのまにか、目の前には、目的の図書館がある。 「ほんの少しの言葉の向こうにいる人間そのものを、想像してあげろよ、もっと」 ・誰も渡らない深夜の横断歩道を前にして、タクシーは動かない。 「なんかみんなさ、すげえ考えてんの。これからの出版業界のこととか、どういう企画やりたいとか、すげえ熱く語れんの、すでに」 十数時間前、光太郎は、会社の同期に初めて会った。昼に人事部を含めて食事会をして、そのあとは同期だけで夕方までファミレスにいたという。 「それ聞いてさ、俺、思ったんだよね」 僧号が青になる。 「俺って、ただ就活が得意なだけだったんだって」車が動き出して、背もたれに乗っている光太郎の頭が小刻みに揺れた。 「足が速いとかサッカーがうまいとか、料理ができるとか字がうまいとかそういうのと同じレベルで、就活が得意なだけだったんだよ」また、メーターが上がる。 「なのに、就活がうまくいくと、まるでその人間まるごと超すげえみたいに言われる。就活以外のことだって何でもこなせる、みたいにさ。あれ、なんなんだろうな」チッチッチッチ、と音がしたと思うと、タクシーが右に曲がった。 「それと同じでさ、ピーマンが食べられないように、逆上がりができないように、ただ就活が苦手な人だっているわけじゃん。それなのに、就活がうまくいかないだけで、その人が丸ごとダメみたいになる」 ・「笑われてることだってわかってるくせに、そんなことしてるのは何でだと思う?」 理香さんは、歯を食いしばりながら、言葉の続きを絞り出しているように見える。 「それ以外に、私に残された道なんてないからだよ」 唇からではなく、全身から、声が聞こえてきたような気がした。 「ダサくてカッコ悪い自分を理想の自分に近づけることしか、もう私にできることはないんだよ」 鳴っているみたいだ、と俺は思った。 「ダサくてカッコ悪い今の自分の姿で、これでもかってくらいに悪あがきするしかないんだよ、もう」 震えるようにそう言う理香さんは、まるで全身を鳴らしているように見える。 耳の中で、いろんな人の声が蘇る。 「自分は自分にしかなれないんだよ。だって、留学したってインターンしたってボランティアしたって、私は全然変わらなかったもん。憧れの、理想の誰にもなれなかった。貧しい国の子どもと触れあったり、知らない土地に学校を建てたりした手でそのまま、人のアドレスからツイッターのアカウント探したり、人の内定先をネットで検索したりしてる。 それがブラック会社って噂されてるようなところだったら、ちょっと、慰められたりしてる。今でも、ダサくて、カッコ悪くて、醜い自分のまま。何したってね、何も変わらなかった」
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