Rica "流れることへの哲学" 2026年2月10日

Rica
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@rica_bibliotheca
2026年2月10日
流れることへの哲学
169頁まで読了. 中動態、fruor(享受する)のなんという深淵さ... このまま読み続けたいが、始業時間になってしまった.続きは帰りの電車で. ____________ 享受とは、或る対象をその対象がもたらす善悪の効用とは無関係に、その対象のうちに究極的価値があると認め、その対象に心を離すことなく固着しこだわり続け求め続け、その求め続ける行為の過程が強度を持った領域として現れ現実化し、その領域が拡大し、主体と対象の相互を包摂することによって完遂するような主体拡張・対象融合的作用のことである。主体は過程の座であり、その過程こそが主体となるような事態が純粋な享受である。 ____________ 花が咲くのは花を咲かせるためである。人生は生きるためにあるのであって、人生の外部に目的を持つわけではない。そういった外部に目的を持たない形式の一つとして生命があり、存在というこがある、祭りに意味や目的や効用を求め、「何の役に立つのか」「何の意味があるのか」と問うことは、桜に対して「なぜあなたは花を咲かせるのですか」と問うのに等しい。問うことで、相手の何かを自分の内に取り込もうとすることは、相手に対して優位性を示し、上に立ち、マウントしようとすることだ。享受することは対象に対して優性を占めようとする心と真っ向から対立する。桜の花を享受するとは、桜に取り込まれ、桜の中に桜へと融解することなのである。 ____________
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