流れることへの哲学
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Rica@rica_bibliotheca2026年2月13日読み終わった再読中哲学(史)の知識の乏しさから難解に(わからん!と)感じるところもありつつ(最初からわかった、となるのは、じぶんの浅い思考の枠組みでしかとらえられていないということだと...)、難解だからこそ繰り返し読みたい. きっと大切な一冊になることは間違いなさそうだ. キーワード 中動態、エピファニー、イスラーム哲学 アウグスティヌス、ブレイク、井筒俊彦 __________ 万物の起源は〈流れ〉であるというよりも、万物は〈流れ〉なのだ。 __________ 最も崇高なるものが、最も卑しい状態において現れるというのは、最も高みにあるものが最底辺に落下することであり、そこにはイリンクス[眩暈]が引き起こされる。 __________ 「今」という現在が、他の時間との無限の関係性を持ちうること、そこに「現在」ということの特別性が存在している。「今」が「今」としての働きを存分に発揮できるのは、「今」以外の時間と無限に多くの関係性を持ちうるからなのだ。「今」ということが、いかにみすぼらしく、惨めで悲惨なものとして現実化しているとしても、それがいかなる時間とも関係を持ちるとうう可能性は「今」にのみ宿る輝きなのだ。 __________ 人間の心は、小さな出来事によって、大きな転回を遂げることはあるとしても、それはそれらがさらに大きな力に包まれている場合なのではないだろうか。 __________ 誰も研究する人がいないということが、その概念装置が無効であるということの徴とはならない。そして、現在とても流行している思想が様々な諸問題を解決するのに顕著に役立つということでもない。哲学は即効薬ではない。哲学的概念というものが時代を超えて生き延びる、永遠の命を有することは十分にあり得るのである。 __________

Rica@rica_bibliotheca2026年2月10日読んでる大切な本169頁まで読了. 中動態、fruor(享受する)のなんという深淵さ... このまま読み続けたいが、始業時間になってしまった.続きは帰りの電車で. ____________ 享受とは、或る対象をその対象がもたらす善悪の効用とは無関係に、その対象のうちに究極的価値があると認め、その対象に心を離すことなく固着しこだわり続け求め続け、その求め続ける行為の過程が強度を持った領域として現れ現実化し、その領域が拡大し、主体と対象の相互を包摂することによって完遂するような主体拡張・対象融合的作用のことである。主体は過程の座であり、その過程こそが主体となるような事態が純粋な享受である。 ____________ 花が咲くのは花を咲かせるためである。人生は生きるためにあるのであって、人生の外部に目的を持つわけではない。そういった外部に目的を持たない形式の一つとして生命があり、存在というこがある、祭りに意味や目的や効用を求め、「何の役に立つのか」「何の意味があるのか」と問うことは、桜に対して「なぜあなたは花を咲かせるのですか」と問うのに等しい。問うことで、相手の何かを自分の内に取り込もうとすることは、相手に対して優位性を示し、上に立ち、マウントしようとすることだ。享受することは対象に対して優性を占めようとする心と真っ向から対立する。桜の花を享受するとは、桜に取り込まれ、桜の中に桜へと融解することなのである。 ____________
Rica@rica_bibliotheca2026年2月2日読んでる届いた今年から森田真生さんの生命ラジオに参加し始めて、心からよかった〜と思っているのだけど、そのラジオの中で森田さんが紹介されていた本書. 冒頭から惹き込まれてどんどん読み進めている. 早くも今年のマイベスト本の一冊になりそうな予感. __________ 人間は「自分の人生」というような考え方を好みたがる。人間の人生にも動作主が存在せず、つまり「我」というものが存在しないとなると、人生は〈流れ〉となる。煩悩や執着とは、〈流れ〉が停滞し澱むことだ。恬淡として出来事の推移に拘らなければ穏やかに流れは流れていく。怒りは、ほとんどの場合、自分の利害や対面や地位を脅かされたことによる。 存在が人間の生命という形をとり、ある特定の時間に特定の場所で、その一実例を自分自身への贈り物として形あるものとしても具体化したと考えることもできる。そう考える人が私一人だけであっても、それはそれでよい。 __________ そう考える人が私一人だけであっても、それはそれでよい、というのがいいなあ.










