
DN/HP
@DN_HP
2026年2月11日

かつて読んだ
archive
「他愛のない出来事という名の布を織ることに戻るんだ。本当に眠れない夜に俺が覗き込む、後悔の奈落の上に、その布は実に薄く掛かっている。」
「こうした幸福な瞬間がごくたまに訪れる時、俺たちは、憎しみを分かち合うときのように、情熱的かつ一心に喜びを分かち合える。」
その布の下の後悔や幸福な瞬間、一言では表せないけれど特別な時間。それらを人生から切り取って、もしくは切り取ったように、書く。切り取ったということは、つまり両端は開いていて、物語は当然解決もしない。そこには人生につきものの拭いきれない不安や不安定さがあるけれど、その語りにはまったく湿り気がなく、苦笑のようなユーモアも同時に漂っている。この感じが「アメリカの短編小説」なのだ。と最近思っていて。その言葉を使うときにもたせている意味は結構曖昧で、友達にはギリで通じるような感覚的なものだったけれど、これが「アメリカン・ショート・ストーリーズ」なのだとしたら、多分その意味でも間違ってなかったぽいなと思う。
「アメリカの短編小説」というのは、ある種のラップ・ミュージックにも近いと思っていて、「ブルースすら生まれない、とほうもない荒涼のなか」ではラップ・ミュージックが流れているのだ。というのも結構いまのアメリカぽい気がする。と、こじつけたりもしたくなりました。








