山口慎太朗 "戦争と平和2" 2026年2月12日

戦争と平和2
戦争と平和2
トルストイ,
望月哲男
トルストイが徹底してドライ、どこにも誰にも肩入れせず淡々とエクセルでも触っているかのような態度で書き進めるため、戦争の真っ只中でもどこにもカメラを寄せずに徹底して記号としての戦争が展開される。これは三国志とかワンピースとかでもそうなんだけど、名前が強い奴の動向しか書かれずに名もなき民はそこら辺で「隊員」という記号になって死んでいたりするが、物を語る上ではもちろんある程度は仕方ないことではあるが、「おいトルストイお前さあ、もうちょっとさあ、そのテキトーに死んでいった奴らの中にも一個一個あんだけど? 今後なんか用意してんだろうな?」とイラつく瞬間も確かにある。ここら辺は「戦争」というものの捉え方が根本的に全然違うからかもしれない。今のように「絶対やんない方がいい」みたいなものではなくて、「成り上がるためにカマしたい仕事」みたいなポジションだったんだろう、多分。だとしたらトルストイはだいぶ気付いてる方だったと思う。なぜなら私の「今後なんか用意してんだろうな?」にちゃんと応えてくれるかのように、いざ死が目前に迫ってきた大量の隊員たちが愛国心を捨てて逃げ出し、強い名前の将軍たちが身動き取れずに無茶苦茶になったからだった。ここが大変良い塩梅でした。荒い画質で戦争を見ていたらそうなっちゃうよ、という警告にも思えた。小向美奈子さんがいつかインタビューで刑務所の中でずっとトルストイを読んでいたと言っていた。「サイコーの暇つぶしですよね」と言うそれがめっちゃわかる。この膨大なストーリーの目的意識や目指すところが不明瞭すぎてすごい。トルストイのそのやる気のなさというか、漲ってなさがすごい、書くのめんどくさそうですらある。そしてそうなってしまうのもわかるぐらい着実で生真面目な文体だ。疲れるだろう。だから信頼している。
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