ジクロロ "本居宣長" 2026年2月13日

ジクロロ
ジクロロ
@jirowcrew
2026年2月13日
本居宣長
本居宣長
先崎彰容
宣長が取り戻そうとしたのは、裁断され、切り刻まれる以前の日本人の肉声、すなわち太古の息吹をたたえた「もののあはれ」に基づく人間関係にほかならない。 (p.299) 古文と漢文を学校教育で学んでいたとき、朗読したときの印象として、前者はしんなり、後者はかっちりとしていたことを喉が覚えている。 連続的なものはしなやかで、断続的なものは硬くてどこか格好良い。 これは音節のみならず、あらゆるものの印象に通ずるものではないか。 本来の肉声が言語化されるとき、外来の文字(漢字)により、図像的な断続性とともに、本来の「響き」に、「意味」というものがノイズという形で付加されてしまったことを宣長は嘆き、本来の「肉声」を考古学的に複製しようとしていたこと。 「太古の息吹」に意味を付加し、歴史的なものに仕立ててきた作為は男性的であり、「生きている」という実感、「ああ」というような具体的な意味を伴わない感嘆が、女性的であり、古来の「うた」(于多)のはじまりであったということ。 「格好」は外皮であり、「うた」こそが身体であるということ。 「うた」は、言葉(文字)により間接的にあらわされる死物ではなく、肉声により運ばれるものである生きた(生きている)ものであるということ。 なんか、読んでいて身体の余計な力が抜けていく感じがする。これもひとつの「理解」のあらわれなのだろう。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved