綾鷹 "シンプルな情熱" 2026年2月14日

綾鷹
@ayataka
2026年2月14日
シンプルな情熱
シンプルな情熱
アニー・エルノー,
堀茂樹
離婚後独身でパリに暮らす女性教師が、妻子ある若い東欧の外交官と不倫の関係に。 彼だけのことを思い、逢えばどこでも熱く抱擁する。 その情熱はロマンチシズムからはほど遠い、激しく単純で肉体的なものだった。 「ある女」に続いて。 アニー・エルノーは自伝的な作品が多いのかな。(2作しか読んでないけど) 相手を片時も忘れられないほどの恋をし、そのために、クラシック音楽を捨ててこともあろうにシルヴィ・ヴァルタンに聴き入り、女性誌を手に取ればまっさきに星占いの頁を開き、つまらぬことで根拠のない嫉妬に悶える・・・・・ 共感に加えて、現実を直視する強さを感じる内容だった。 最後の「今の私には、贅沢とはまた、ひとりの男、またはひとりの女への欲しい恋を生きることができる、ということでもあるように思える。」という言葉が素敵だった。 ・化粧がすみ、髪も結え、家の中も片づいて用意がととのってしまうと、私は、たとえ時間が残っていても、読もうとする本は手につかず、生徒たちの答案のチェックをする気にもなれなかった。ある意味では、Aを待つことから気持ちを逸らせたくなかったのだともいえる。待つということを大切にしたかったのだ。しばしば一枚の紙に、日付・時刻とともに「もうすぐ彼が来る」と記したうえで、彼がもしかしたら来ないのではないかとか、いつもほど私を欲しがっていないのではないかとか、不安な気持ちを文にして書きつけた。夜になってから、その紙をもう一度取り出し、「彼が来た」と記し、その日の逢い引きの細々したことを思い出すままに書き連ねた。それから私は、乱雑に文字を書きなぐったその紙を前にし、それぞれ事前と事後に書いたのだけれど、一気に続けて読むことのできる二つのパラグラフを眺めて、茫然自失した。この二つの書きつけの間に、いくつかの言葉が発せられ、いくつかの動作がおこなわれた。 その言葉や動作に比べたら、それらを定着しようとして文章を綴ることも含めて、他のいっさいの行為は取るに足らなかった。彼の車ルノー25の二つの音、ブレーキをかけて停車する音とふたたび発進していく音に区切られた時間の持続の間、私は確信していた。これまでの人生で、自分は子供も持ったし、いろいろな試験にも合格したし、遠方へも旅行したけれど、このことー昼下がりにこの人とベッドにいること以上に重要なことは何ひとつ体験しなかった、と。 ・私は、人がその気になればどんなことを仕出かし得るか、何でもやりかねないのだということを発見した。崇高な、あるいは致命的な欲望、みっともない振る舞い、あるいはまた、自分自身がそれに頼ったり訴えたりすることになるまでは他人事として見て、およそばかげていると思っていたある種の嬉心や行動…………..。彼は、彼自身の知らぬ間に、私を以前より深く世界に結びつけてくれたのだ。 ・子供の頃の私にとって、贅沢といえば、毛皮のコート、ロング・ドレス、それに海辺の別荘だった。その後、贅沢といえるのは、知識人の生活を営むことだと信じた。今の私には、贅沢とはまた、ひとりの男、またはひとりの女への欲しい恋を生きることができる、ということでもあるように思える。
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