
いちのべ
@ichinobe3
2026年2月15日
世界ぐるぐる怪異紀行
イリナ・グリゴレ,
奥野克巳,
川口幸大,
平野智佳子,
福井栄二郎,
近藤宏
読み終わった
9人の文化人類学者が、それぞれの調査地で体験したり見聞きした怪異を紹介する……というコンセプトだけで最高!と飛びついた。
「14歳の世渡り術」というシリーズの一冊で、説明がわかりやすく、読みやすい。
特に印象的だったのは現代ロシアの呪術信仰について。呪われたと相談を寄せた人のうち、呪われていることを呪っている人の口から聞いて知ったり、呪いの儀礼を目撃 or 呪物を発見したりした語りが82%にのぼるという。
対して、日本では自分が認識してる通り、以下のような状況だ。
> 民俗学者の小松和彦が述べているように、日本では呪いは呪う側の心性だけで成立しています。(「3 どうして『呪われた』と思ってしまうの?——現代ロシアの呪術信仰」藤原潤子…ロシア p65)
ロシアと日本とで、「呪い」についてそんな違いがあると、想像したことがなかった。
本文の言葉を借りるなら、自分はこれまで、どの文化でも「呪い」とは、「呪う側だけの心性だけで成立」するものだと漠然と思い込んでいた気がする。そうではない事例だって、見聞きしてきたはずなのに。
また、「なるほど怪異や妖術とは、『わからない』現実を説明するためのものなんだな〜」と雑な理解をしかけたところで、この文章に釘を刺された。
> ここまでに明らかなように、「アントミャのいる世界」とは、はっきりとはわからないことがすっきりとわかるようになる、という単純な世界ではありません。むしろ、アントミャという怪異について人びとが知りうることは、「かもしれない」事柄、はっきりとはわからないことを増やしています。アントミャがいることでエンベラの人びとの暮らしには「かもしれない」事柄が増え、生はいっそう不確かになっています。(「4 かもしれない、かもしれない……」近藤宏…パナマ東部(中南米) p83-84)
「信仰」や「怪異」について考える入り口としてすごく興味深かったので、この方々の他の著作も読みたくなったし、このシリーズ自体がだいぶ面白そう。