惰眠 "死んでしまう系のぼくらに" 2026年2月16日

惰眠
惰眠
@damin__416
2026年2月16日
死んでしまう系のぼくらに
多くの詩人たちは、宇宙や未来や自分や自分の本棚を見つめて詩を作ってきた。それもいいだろう。 でも、最果さんは、みんなとみんなが住んでいるこの世界を見つめて詩を作る。 そして、それを、ぼくたちみんなに、届けてくれるんだ。 ── 高橋源一郎(帯コメントより) 友人が死んだことを知った2日後に読了。 友情とか愛とか、私の中身はぐちゃぐちゃになっている。 その報せを聞いた直後は悲しみだった。 泣いて、泣いて、泣いて、目をパンパンに腫らした。 しかし、数日経つ頃には怒りが湧いた。 どうして彼が死なないといけないのかと。 そんな胸中、本棚から手に取ったのは本書だった。 自棄になっていたのかもしれない。 「どうせ最期には皆死ぬのだ」と、ぐちゃぐちゃになったまま夢中になって読んだ。 白い骨、愛、言葉は色彩。 愛されたがっているようで、“好き”から一歩退いているような、臆病な、そんな詩が好きだった。 夜道で家まで送ってくれるような彼との時間は心地よく、それが性欲によるものだったとしても、純粋な男女の友情だったしても、本書はやけに彼を思い出させるのだ。 月並みな言葉だけど、優しすぎたのだ。 詩にもあるように、世界を、私を恨んでくれたのなら、まだ生きていてくれたのかな。 いや。結末は変わらなかったのかな。 だってこれは私が楽になるための思考だから。 どうか、生きていてください。 それだけでいいので。
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